ゆるりゆるゆるブログを書く

気ままに生きます

【考察】『イヴの時間』から学ぶ近未来の人間

 『イヴの時間 Are you enjoying the time of EVE?』は、2008年にインターネット公開、2010年には映画化されたアニメ作品である。今回は、この作品についての考察を書きたい。

 ネタバレを多く含むため、未視聴の方はご注意ください。

f:id:yururiyuruyuru:20200423232850p:plain

出典: https://anime.dmkt-sp.jp

あらすじ

 舞台は近未来の日本であり、人間とロボットが共存している社会だ。家事や農業などをロボットが担い、人間の仕事をロボットが代替するようになった。しかしそれに伴う社会問題を懸念し、「倫理委員会」は人間とロボットの共存社会を否定している。

 主人公のリクオは家庭用アンドロイド「サミィ」を所持していたが、そこに覚えのない記録を発見、友人のマサキとともに追跡すると、カフェ「イヴの時間」に到着した。

 そこは「人間とロボットの区別をしません」という規則の下で運営され、多くのロボットが入店していた……

 

考察

ロボットへのステレオタイプ

 多くの人が考えるロボットへの価値観とは、多分こんなものだろう。

 ①人間が主、ロボットが従。

 ②ロボットに感情移入してはならない。

 

 現代でロボットやAIが使われる理由として、人間社会をより便利なものにするためであろう。人間の仕事の一部をロボットに任せることで、面倒な仕事を短時間で正確にできる。これは、あくまで人間が主、ロボットは従という関係性でもある。それは、本作でも同様だ。

 しかし、本作では「ドリ系」と呼ばれる社会問題が存在する。それは、ロボットに対して感情移入をしてしまう病気や、それを発症した者のことであり、恋愛にまで発展してしまうケースもある。

 つまりそれは、かつての人間とロボットの関係を忘れ、ロボットを人間と対等の立場に置いているのだ。また、それを「病気」・「社会問題」と認識されている時点で、この世界の大多数もまだ「人間が主、ロボットは従」という価値観のままだと言える。

 その理由の一つとして、ロボットには感情がないということだろう。ロボットは、ただ命令に従って淡々と仕事をこなすだけの存在だ。そんなものに感情移入してはならないのだ。

 

心の問題

 しかし、「イヴの時間」は違っていた。そこでは人間もロボットも対等に接し、ロボットも悩み、泣き、笑っている。心がないはずのロボットに、なぜそんなことが起こりえるのか。作中の台詞を引用する。

 

生まれたばっかりだと、こころの中は何にもないんだって。空っぽ。

でもね、いろんな人と話して、いろんなものを見て、感じて、そうすると心が出来てくるんだって。

でもまだまだ、これからもっといろんな心が出てくるんだって。

イヴの時間』劇場版 

  

 人間が産まれた直後、赤ちゃんは無の状態であり、様々な物や人に触れて、心が出来上がる。

 つまり、本作の世界において、ロボットが感情を持つ方法は、人間と同じなのだ。

 

 また、「ドリ系」が社会問題化し、特に幼少期はロボットに対してなついてしまう例が多い。マサキもその一人で、彼は幼少期、ロボットの「テックス」になついていたが、現倫理委員会の職員である父にテックスを改良され、テックスは一切口を利かなくなった。その影響で、今ではロボットは物と捉え、「ドリ系」には否定的である。

 しかし、「イヴの時間」に現れたテックスはマサキへの気持ちを吐露し、マサキは涙を流す。彼は心のどこかで、テックスに対する未練があった。涙はその発露であり、彼もまたロボットに感情を捨てられなかった。

 

 この作品は、本来人間に従うだけのはずのロボットに感情を与え、人間と対等に描くことで、我々もどこかロボットに感情移入をしてしまう。しかしそれを本作は悪とせず、むしろ美しく描いている。

 『イヴの時間』は、我々の固定概念に一石を投じる作品だと考える。

 

ナギと「トキサカ事件」

 「イヴの時間」のオーナーであるナギは、人間とロボットを分け隔てなく扱い、感情移入をする、一般的に「ドリ系」と呼ばれる人だ。しかしそれには、彼女の壮絶な過去があった。

 倫理委員会の職員がロボットを制止しようと振りかざした警棒が、少女に当たり、重傷を負わせた事件、いわゆる「トキサカ事件」が起こり、彼女はその被害者だった。EDでは、幼いナギはロボットと仲良く接していたが、そのロボットが破壊され、彼女自身もけがを負っていた。

 この出来事が、倫理委員会に対する反発を生み、大人になった今でも「人間とロボットは対等」という考えを持っているのだろう。

 

イヴの時間』の由来 

  イヴ(エバ)とは、『旧約聖書』に出てくる女性で、夫アダムの骨で作られた。神に禁じられた「善悪を知る樹の実」を食べ、アダムに勧めてしまったことで、2人は神によって楽園を追放された。この罪のために女性は夫に仕え、産みの苦しみを受けるようなってしまった。

f:id:yururiyuruyuru:20200423224238p:plain

楽園から追放されるアダムとエバ ドレ画 Wikipedia

 

 私は、本作はアダム=人間、イヴ=ロボットと定義していると考える。

 ロボットは人間によって作られ、人間に従って作業している。ロボットは前述の通り、人間社会を便利にするために生まれてきた、いわば人間の従者だ。

 カフェ「イヴの時間」は、ロボットにとって楽園の場所だ。人間もロボットも区別しない、楽園だ。しかし、そこから出ると元の人間に従うロボットになる。私は、それが『旧約聖書』のイヴと重ねて見える。

 つまり、ロボットがロボットでなくなる、いわば楽園の時間として、「イヴの時間」をタイトルにしたのではないだろうか。

 

将来の人間

 この話はフィクションではあるが、近い将来、必ずこのような未来が起こりうる。ではその場合、我々人間はどうするべきなのか。本作にもたびたび登場する言葉、「人間性」について絞って考えてみる。

 まずは、筑波大学准教授の落合陽一氏の著書、『超AI時代の生存戦略』を引用する。

「人間は本当に思考しているんだろうか? 人間が思考しているというのは、実はプロセスで書けるのではないのか?」

 そういうような議論がある中で、人間性の定義というのは現在進行形で変わっており、これからも変わってくるはずだ。昨今の機械学習手法の一つディープラーニングの発展とともに人間のように思考する知性は生まれつつある。

 たとえば、「心身がある」ということが人間性の定義だったとしたら、人間じゃないものも人間性を帯びてきてしまう。近代に私たちが獲得した人間性というものをアップデートしないと、人間性という残骸の内側は、どこにもたどり着かなくなる。もしくは人間性そのものを諦めなければならなくなるはずだ。

 私たちは、今、人間が人間らしく生きなくてはならないという自己矛盾を抱えたままユビキタス時代、およびデジタルネイチャーの時代に突入したのだ。

(中略)

 主体的であるという人間性、自ら思考するゆえに人間であるという考え方は、近代以降に獲得されたものなので、今、次の主体なき人類の時代に移ってきているともいえるわけだ。

落合陽一 『超AI時代の生存戦略』 大和書房 p37‐38

 

 そもそも人間性とは何であるかが分からない。それなのに人間らしく生きることを求められ、現代の人は苦悩する。

 だから、「我思う、故に我在り」と近代にデカルトが定義した人間性を更新し、新しいデカルト以後の定義にシフトするべきだと述べている。

 その上で、私は何かを創造し、それに順応するのが人間なのかなあ、とふと思った。

 動物は環境に適応するだけだが、人間は歴史の中で無数の道具を創造した。

 そして、鉄道や自動車、携帯電話を開発した人間は、それに適応するかのように生きてきた。また、時には改良して、人間に都合のいいように道具を使いこなした。

 中には、倫理委員会のような批判もあったかもしれない。しかし時代が進むにつれて、それらの意見はマイノリティとして淘汰され、結局は適応していった。

 私はAIもそうなると考えているし、人間に欠かせない存在になっていくとさえ考えている。

 もちろん個人的見解なので、正解とは思わない。ただ、一意見として受け取っていただけたら幸いだ。

 

 

おわりに

 ロボットや近未来と聞くとSFを思い浮かべる人も多いと思うが、本作はより人間やロボットの心情に焦点を当てた、一風変わった作品だった。

 コミック版もあるらしいので、読んでみたい。

 サリィちゃん、うちにも欲しいなあ。

 それでは。

 

 

 

【アニメ】小説原作のアニメを4選まとめてみた

 お題「#おうち時間

  今日も今日とてアニメばっかり見ています。

 ということで、今回は、小説が原作のアニメをまとめました。

 ネタバレは極力控えます。

 前回のまとめも是非見てみてネ!

yururiyuruyuru.hatenablog.jp

 

氷菓

 

f:id:yururiyuruyuru:20200422214331j:plain

出典: http://www.kyotoanimation.co.jp

 

 はい、出ました、またです。

 私の一番好きなアニメの一つなので、何度でも推します。


  原作は米澤穂信氏の<古典部>シリーズで、2020年4月現在では6冊が刊行されています。実はこのシリーズの一冊目、『氷菓』は米澤氏の処女作で、初版は2001年と意外と古い作品なんですよね。

 この作品の特徴として、日常に潜む謎を4人が解き明かすストーリーであり、殺人事件が起こるわけではありません。一見地味だと感じられるかもしれませんが、高校生のリアルな日常を描いているので、若年層に特に人気のある作品です。

 実写化は全然話題にならなかった気がするが。

 

 

獣の奏者エリン

 

f:id:yururiyuruyuru:20200424191806j:plain

出典: https://anime.dmkt-sp.jp

  『獣の奏者 エリン』は2009年にNHKで放送されたテレビアニメです。私が小学生の頃に、この作品を見た記憶がうっすらあって、OPがスキマスイッチさんの『雫』だったことだけは今でも覚えています。

 ファンタジー作家上橋菜穂子氏の『獣の奏者』は、「Ⅰ闘蛇編」・「Ⅱ王獣編」・「Ⅲ探求編」・「Ⅳ完結編」の全4巻+外伝で構成される長編ファンタジーであり、アニメは最初の「Ⅰ闘蛇編」・「Ⅱ王獣編」が原作です。

 出てくる名前がほとんどカタカナのために全然覚えられず、登場人物一覧をチラチラ見ながら読んでました。しかしながら、緻密な設定と周囲の環境の中での主人公エリンの成長がうかがえる、読破必至の小説です。

 そして今年、同作者の『鹿の王』がアニメ映画化予定です。こちらは本屋大賞を受賞しているなど、比較的有名な作品です。コロナの影響でどうなるかは分かりませんが、その間に『鹿の王』も読んでみてはいかかでしょう。

 

 

Another

 

f:id:yururiyuruyuru:20200424200240j:plain

出典: https://abema.tv/video/title/25-9axuadmcwhh

 

  本作はグロテスクな表現がございます。苦手な方はご注意ください。

 『Another』は2012年に放送されたテレビアニメで、サスペンスホラーというアニメではなかなか見かけないジャンルで人気を博しました。OPの『凶夢伝染』もアホみたいに頭に残ります。

 この作品は結構グロいイメージが強いので、忌避してしまう方も多いかもしれません。でも最終回まで分からない正体やハッとさせられる伏線が多くて、めっちゃハマります。個人的にはおススメです。

 推理作家の綾辻行人氏の『Another』上下巻が原作で、クラスメイトの死因が少し変更されているものの、小説も伏線やフラグが散りばめられていて、アニメ同様ドキドキすること間違いなしです。文字だけでこれだけの緊迫感を伝えられるのはすげえなあ。

 

 

 

 舟を編む

 

f:id:yururiyuruyuru:20200425164226p:plain

出典: https://www.funewoamu.com

 

  『舟を編む』は2016年に放送されたテレビアニメです。口下手な主人公馬蹄が、言葉を通じて辞書を作成していく物語です。

 原作は三浦しをん氏の『舟を編む』で、本屋大賞も受賞している有名な作品です。松田龍平氏主演で映画も公開されており、様々な賞を受賞しています。

 なかなか実感の湧かない辞書編纂事業を、周囲の人間との関係性を中心に展開されていくので、本当に面白かったです。小説も読みやすくてハマるので、ぜひ読んでみてください!

 

 

おわりに

  いかがでしたか? ジャンルの違うものをそれぞれ取り上げてみました。

 本が好きな方は、ぜひアニメも見てみてください!

 他にも小説原作のアニメはたくさんあるので、まとめられたらまとめてみます。家にいる時間が多いので。

 それでは。

 

【アニメ】アニメオタクでない人も必見!! アニメ作品4選

 お題「#おうち時間」ということで、私はもっぱらアニメばっかり見ています。バイトもない、大学もない、そして行き着く先はやっぱりアニメとなりました。

 鬼滅の刃などでアニメの世界に入った方も多いかもしれない。そんな方にも是非このアニメはお勧めしたい!との思いで、私がお勧めするアニメ作品を4つほどまとめました。

 ネタバレは極力控えます

 

新世紀エヴァンゲリオン

 

 

f:id:yururiyuruyuru:20200418181737j:plain

出典: https://www.cinematoday.jp/news/N0112845

新世紀エヴァンゲリオン』は1995年に放送されたテレビアニメで、「残酷な天使のテーゼ」の曲で知っている人も多いでしょう。しかし、放送年月にはまだ生まれていなかったからか、私たちの世代(10代~20代前半あたり)で本作を見たことがない人は結構多いらしい…… こんな名作を知らずに生きるなんてもったいない!

  そしてなんといっても、待ちに待った新作『シン・エヴァンゲリオン』が近日公開されます!(新型コロナの影響で公開日は未定) いや~、楽しみですね(笑)

 そして、どこから見ればいいの? という方も多い。個人的にはアニメ全26話→劇場版『Air/まごころを君に』→新劇場版『序・破・Q』がベストだと思いますが、かなり長いし、重い。なので、今回の『シン・エヴァンゲリオン』を楽しく見たいなら、新劇場版『序・破・Q』だけで十分かな、と思います。アニメ版と新劇場版はあまり関係がないので。

  公式YouTubeでは、なんと新劇場版序・破・Q』が無料公開予定です! これを機に見たことない方も、是非見てみては?

www.evangelion.co.jp

 

パプリカ

 

f:id:yururiyuruyuru:20200418185342j:plain

出典: http://www.madhouse.co.jp/

 この作品は、アニメ界の逸材今敏監督、文学界の巨匠筒井康隆氏、音楽界の鬼才平沢進氏がタッグを組んだ、恐ろしいほど壮大で魅了される作品です。

 あまり馴染みのない映画かもしれませんが、2011年米紙『TIME』で、本作が20位にランクイン*1、米誌『ハリウッド・リポーター』選出「大人向けアニメ映画」ではベスト8にランクインする*2など、世界でもその存在感を放ち続けている映画です。

 中には「気持ちが悪い」といった感想も見受けられるます。ただ、これこそが今監督の世界観であり、特に社会を風刺した描写は、現代でも通用するものがあります。

 今監督の作品は他にも面白いものがたくさんあるので、ぜひ見てみてください。

yururiyuruyuru.hatenablog.jp

 

秒速5センチメートル

 

f:id:yururiyuruyuru:20200418215912j:plain

出典: https://gensun.org/

  『秒速5センチメートル』は、2007年に公開された新海誠監督の作品である。『君の名は』で一躍有名になった新海監督であるが、それ以前にも彼は名作を世に出し続けていた。本作もその一つであり、約60分という短い時間にも関わらず、そこに凝縮された叶わぬ恋心や未練が美しく描かれている。

 また、新海監督作品の特徴である美しき情景描写も健在で、10年以上前の作品とは思わせないような作画が、よりリアルに世界を映し出している。

 これを見た後は、いつも心にぽっかりと穴が開いたかのような気持ちになる。私の過去の失恋を思い出して、無意識に深いため息が出る。

 ただ、この切なさが癖になる作品です。

 今では本作をはじめ、新海監督の作品がアマゾンプライムdアニメストアなどで配信されているため、手軽に見ることができます。『言の葉の庭』や『星を追う子ども』など、ほかにも新海監督の作品は面白くて魅了されるものばかりです。

 

 

氷菓

 

f:id:yururiyuruyuru:20200419144155j:plain

出典: http://www.kyotoanimation.co.jp/

 京都アニメーションが制作した『氷菓』、2012年に放送されたテレビアニメで、「古典部」に入部した4人が、日常の中の謎や疑問を解決していくミステリー作品だ。日本の高校生活を純粋に描いているため、国内のみならず、海外でも評価の高い作品である。

 こちらの作品、アニメをあまり見たことがない人でもおすすめです。美しい情景と高校生の日常や人間関係を緻密に描写していて、本当に虜になります! 米澤穂信さんの原作小説も

 こんな青春送りたいなーって、私が中学生で見た時は思ってました。まあ、無理でしたが。

 実写の方は… 触れません(笑)

 

 

おわりに

 いかがだったでしょうか?

 アニメオタクにとっては知名度の高い作品が多かったですが、初めての方でも楽しめる作品を4つ選ばせていただきました。

 アニメの良さとして、我々の想像を100%体現できる点だと思います。

 そんなアニメの世界に、ぜひ入ってみてください。

 もしおすすめのアニメがございましたら、気軽にコメントください!

 それでは。

【考察】『迷家』、私は好き ~アイデンティティーの拡散と確立~

 久しぶりに『迷家』を2周目見終えたので、今回はそれについて書きたい。

 『迷家マヨイガ』は2016年に放映されたテレビアニメで、主人公の光宗を中心とした群像劇で物語は展開される。私もリアルタイムで見ていて、個人的に面白くてハマったのだが、ネットの意見は正反対。ほとんどが非難の嵐だった。

 

f:id:yururiyuruyuru:20200418111541j:plain

出典: https://gensun.org/

 

あらすじ

 「人生やり直しツアー」に参加した若者は、第二の人生を歩むために「ナナキ村」で生活することを望んでいる。無事ナナキ村に到着した一行だったが、村には人の気配がなく、さらに怪物の痕跡を見つけ、この村に不信感を抱く。そして、「ナナキ」と呼ばれる、人それぞれ見えているものが違う化け物を見つけ、仲間に対してもだんだんと疑心暗鬼になっていく。

 

追いかけるトラウマ

 本作の特徴として、登場人物が多く登場する。(が、半分はあまりストーリーに関わっていない気がする) しかし、彼らはどこか自分勝手で同調しようとしない。

 そして、彼らには大きなトラウマや悩みがあった。その現実から逃れるためにナナキ村に訪れたのだが、逆にそれに直面するかのように心が崩壊していく。

 ナナキ村を研究する神山はこう言う。

 

 「ナナキ村は、心の傷が『ナナキ』となって具現化する場所」

                     『迷家』10話

 

 

 ナナキ村に留まれば、自身のトラウマと向き合わずに済む。 

 いわば、ナナキ村は現実に疲れた人にとって桃源郷のような場所なのだ。

 しかし、ナナキ村の外に出ると一変、ナナキは彼らを襲う。トラウマは心を蝕んでいくのと同様に 。

 

トラウマこそ自分自身

 ナナキ村に出るためには2つの方法がある。

①自身の「ナナキ」をナナキ村に置いていく。

 神山のようにナナキ(=トラウマ)をナナキ村に置いてきてしまえば、トラウマと向き合わずに済む。

②自身の「ナナキ」を受け入れる。

 ナナキ(=トラウマ)を自身の心に受け入れ、留めておく。しかし、それはトラウマと向き合うことと同じこと。これにはかなりの困難を要する。

 

 神山はナナキ村の研究に対する嘲笑や批判がトラウマになる。だが、ナナキ村を訪れて、自身のナナキ(=トラウマ)をそこに置いてきてしまう。トラウマを失った神山は自分自身の一部を失くしたことと同義。神山の体は年齢の割に老衰し、怒りや憎しみのような感情は消滅している。

 すなわち、本作のコンセプトはトラウマ=自分自身なのだ。

 トラウマから逃げているだけでは自分の成長は見込めない。トラウマこそ自分のアイデンティティーなのであって、それに向き合うことこそが自分を高めることができる。

 

 心理学者のエリクソンは、青年期の葛藤や将来への失望で精神的不安定に陥ることを「アイデンティティの拡散」と定義した。自分らしい自分を模索するあまり、等身大の自分を見失ってしまい、社会から逸脱した行為をすることでアイデンティティを発見しようとすることもある。(否定的同一性)

 また、彼は青年期における発達課題は「アイデンティティの確立」であるとも定義した。それは、将来望む理想的な自身の姿(理想自己)と、自分が今捉えている自分の姿(現実自己)の両者を一つにまとめ上げることで達成される。

 本作の登場人物はみな、わがままに振舞い自己主張が激しく、どこか幼稚だ。

 彼らはナナキ村を訪ることで、現実にはない自分の居場所を見つけようとした。(否定的同一性) だがそこでも自身の居場所が危うくなると、他者に責任をなすりつけ、自分はさも正義かのように立ち振る舞う。

 しかし、最終回で彼らの一部はナナキ村を離れる。トラウマ(現実自己)を受け入れ理想自己とまとめ上げることで、アイデンティティは確立され、彼らは人間的に成長するだろう。

 本作は、エリクソンの定義を見事体現したといえる。

 

f:id:yururiyuruyuru:20200418025607j:plain

エリク・H・エリクソン - Wikipedia



正解とも不正解ともしていないラスト 

 しかし、本作は「トラウマと向き合うこと」を明確に正解とも不正解ともしていない。

 最終回、ナナキ村から離れ現実に帰る人達と、そのまま残る人達で別れる。トラウマに向き合おうとナナキ村トラウマに向き合いたくない、現実逃避し続けようとしている人もきちんと描かれている。

 

遠野物語』のオマージュ

 柳田国男の著書『遠野物語』にはオリジナルの『迷い家』が登場する。多分、本作はこれをオマージュにしたのかもしれない。調べてみると、何やら関連性がありそうだったのでまとめてみた。

 

 小国の三浦某というは村一の金持なり。今より二三代前の主人、まだ家は貧しくして、妻は少しく魯鈍なりき。この妻ある日を流るる小さき川に沿いてりに入りしに、よき物少なければ次第に谷奥深く登りたり。さてふと見れば立派なる黒きの家あり。訝しけれど門の中に入りて見るに、大なる庭にて紅白の花一面に咲き多く遊べり。その庭をの方へれば、牛小屋ありて牛多くおり、馬舎ありて馬多くおれども、一向に人はおらず。

              (中略)

 されどもついに人影はなければ、もしや山男の家ではないかと急に恐ろしくなり、して家に帰りたり。この事を人に語れどもと思う者もなかりしが、また或る日わが家のカドに出でて物を洗いてありしに、川上より赤き椀一つ流れてきたり。あまり美しければ拾い上げたれど、これを食器に用いたらばしと人にられんかと思い、ケセネギツの中に置きてケセネをとなしたり。しかるにこの器にて量り始めてより、いつまでちてもケセネ尽きず。家の者もこれを怪しみて女に問いたるとき、始めて川より拾い上げしをば語りぬ。

 この家はこれより幸運に向い、ついに今の三浦家となれり。遠野にては山中の不思議なる家をマヨイガという。マヨイガに行き当りたる者は、必ずその家の内の什器家畜何にてもあれ持ち出でて来べきものなり。その人にけんがためにかかる家をば見するなり。女が無慾にて何ものをも盗み来ざりしが故に、この椀自ら流れて来たりしなるべしといえり。

            柳田国男遠野物語』六三 青空文庫

  

 三浦家の妻が山中で迷い込んだところ、ある家を発見した。しかし人は誰もおらず、彼女は怖くなって逃げだした。またある日、妻は川上から流れてくる赤い椀を拾った。それでケセネ(米などの穀物)を掬うと、ケセネがどんどん出てきて、三浦家はお金持ちになった。

 遠野の人々はその家を「マヨイガ」と呼び、「マヨイガ」に来た人は、必ずそこから何かを持ち出すべきだ。

 「マヨイガ」から何かを持ち出せ、と書かれている。このアニメでは、それを「トラウマ」と定義したのではないのだろうか。トラウマをそこから持ち出せば、妻のように幸運になれるのではないかと。

 それだけじゃない。ナナキ村は、畑が整備されていてあたかも人が住んでいるかのようであった。そこも『遠野物語』の設定と似ている。

 また、次巻では「マヨイガ」に再度訪れた男が不幸になる話もある。「マヨイガ」に頼るばかりではなく、きちんと地に足をついて生きなさい、という教えでもある。

 『迷家』は『遠野物語』を少なからずオマージュしていることがわかる。

 

f:id:yururiyuruyuru:20200418110939j:plain

柳田国男成城大学HP

 

終わりに

  何かと批判が多い作品であったが、個人的には面白かった。

 私の周りの友達も、面白いっていってたんだけどねえ…

 まあ、人それぞれでしょう(笑)

 それでは。

 

 

[rakuten:book:17948820:detail]

 

【考察】『パーフェクトブルー』~現実が虚構に、虚構が現実に~

今監督の出世作、『PERFECT BLUE

 この自粛ムードの最中、私は『PERFECT BLUE』を見た。1997年に上映された今敏監督のアニメ映画である。今敏監督の作品はこれまでに『妄想代理人』や『パプリカ』を見たのだが、難解なのにどこか引き込まれる世界観に私も魅了され、本作もワクワクしながら見させていただいた。

f:id:yururiyuruyuru:20200414022323j:plain

出典:https://gensun.org/

 

 あらすじ

 主人公、ミマは事務所の意向で、アイドルから女優に転向する。ミマのマネージャー、ルミはアイドルに戻ることを勧めるも、未麻は「自分が決めたことだから」と濡れ場シーンも果敢に挑む。しかし、ストーカー被害や女優としての職業に疲弊する彼女の周りで、次々と殺人事件が発生する。

 

 本作は、始終アイドルと女優の板挟みにあう主人公を描いている。殺人事件がメインではなく、それを通じた主人公の葛藤を心の崩壊を軸に話が展開される。

 私、実は考察が好きなので、私なりの考察を考えてみた。もちろん個人的なものなのでこれが正解と決めることはできないが、参考程度に読んでいただきたくとありがたい。

 

 ネタバレを多く含んでいるため、未視聴の方はご注意ください。

 

考察

 このアニメの最大の見所は、やはり現実と虚構の目まぐるしい入れ替わり立ち替わりだろう。どこが現実で、どこが妄想か、一度だけ見ただけではなかなか理解できるまい。

 

幻影

 このアニメは、『美麻の部屋』というサイトがカギになるだろう。このサイトはアイドルとしてのミマの生活が綴られており、ファンの中には本当にミマが運営しているものだと勘違いしている人もいた。しかし、それはミマがアイドルから女優へ転身した後も続き、疲弊するミマに追い打ちをかける。

 私は、女優なんかじゃなく、アイドルになりたい。そんな願望が、また違う『ミマ』を産み出した。

 

 アイドルとしてのミマは、彼女が作り出した単なる幻影なのだ。

 

 ストーカーや女優としての職業に苦悩するミマの前に、幾度となく幻影は現れ、彼女を誘惑する。アイドルに未練を持つ幻影にとって、それでも女優の道を進むミマやそれに協力する大人たちは邪魔な存在だ。だから、彼らを殺し、ミマ本人も襲撃した。

 でも、どうやって?

 そこで、劇中の先輩女優、落合エリの言葉を代用する。

幻影が依り代を見つけたとしたら?

 当然、幻影で人は殺せない。「幻想が実体化するなんてありえない」のだから。しかし、依り代、つまり誰かに取り憑いてその人の手で犯行を行うことはできる。

 私は、彼女のヘアヌードを撮った写真家を、幻影に取り憑かれたミマ本人の手で殺したと考える。実際返り血のついた衣服はミマの家にあり、解放されたミマはそれを見つけて腰を抜かしている。もちろん本人は殺した記憶なんてない。なぜなら幻影の意志で殺したのだから。

 

 だが、幻影の被害者は彼女だけではない。彼女のマネージャー、ルミも対象だった。

 おそらく、サイト『美麻の部屋』を運営していたのも、幻影に取り憑かれたルミだろう。ミマはパソコンの知識が疎い。彼女を通じてサイトを運営していたのだろう。

 そして、幻影に操られたルミは、ミマに汚れ役を任せた事務所社長田所を殺害、ミマを町中追い回す。しかし、ミマに剥がれたウィッグ(?)に気を取られ、自動車のブレーキ音とやライトを歓声やスポットライトと勘違いし、車に轢かれる。幸い大事には至らなかったものの、精神科に送られ、医師は『解離性同一性障害』のような症状をほのめかしていた。

 病名としては解離性同一性障害、いわゆる二重人格として出るだけで、実際には幻影がまだルミを依り代として取り憑いている、と考える。

 では、なぜルミに取り憑いたのか。ルミも元アイドルであったが、それに未練を抱いているようだ。それに幻影はミマに近いものを感じたのかもしれない。

 

f:id:yururiyuruyuru:20200414030750j:plain

 

 看護師さん二人がミマを見つけ、「うっそー、ミマなわけないじゃん」とこそこそ噂話をしていた。

 ミマはそのまま車に乗り込み、バックミラー越しに笑みを浮かべ、「私は本物だよ」と呟き、物語は幕は閉じる。

 鏡は本音や真実を映すものと言われている。白雪姫の「鏡よ、鏡」がその最たる例だ。本作も同じく鏡がそのように扱われている。

 電車のガラス窓に映ったミマが、一瞬アイドルのミマとして映し出されたり、アイドルのミマになりきっているルミも、鏡やガラスに反射した姿はルミそのものだ。

 しかし、バックミラーに映るのは、本物のミマ。つまり、幻影としてのミマから解放されている。

 そして、今までアイドルとして男性に人気があったミマであったが、女性にも認知されやすい女優としての道を進んでいることもうかがえる。しかもそれに対し、本物だよ、と呟き、鏡にはミマ本人を映している。ミマが女優の道に進むことに、葛藤や躊躇いもなくなっているのだ。

 

f:id:yururiyuruyuru:20200414032233j:plain

出典:https://gensun.org/

 

 風刺

 今監督は人間の内面を描いているだけではない。何か風刺じみたことも描かれている。私が気付いたものを、2点紹介しよう。

 

過去に執着する人間とストーカーの極端な言動

 ルミやストーカーは、アイドルとしてのミマに執着していた。女優に転身し、レイプシーンを受け入れたミマに、必死にアイドルに戻ることを勧めるルミ。ミマのヘアヌードが掲載された雑誌を買い尽くし、他者に彼女の不埒な姿を見せないようと試みるストーカー。

 二人とも、アイドルとしてのミマに執着し、女優としてのミマを受け入れない様子だ。しかし、ルミとストーカーでは、少々執着の意味合いが変わってくる。

 ルミは汚れ仕事に取り組むミマを本気で心配していたように思えた。

 一方で、ストーカーの場合は、純真無垢の象徴であるアイドルから一変、女優に転身した彼女を「汚れた」と感じている。純真なミマを自分だけのものにしたい、ミマを他の色に染められたくない、自分の色に染めたい、という欲望だろう。実際に最初は自身の掌にミマを乗せ(る妄想をし)、最終的にストーカーはミマをレイプしようとしている。

 つまり、ストーカーの動機は彼女への心配でも何でもなく、単なる独占欲の現れなのである。

 

テレビカメラの向こう側

 私自身芸能人でも何でもないので、その業界のことはさっぱりであることはご了承願いたい。

 シナリオよりもキャスト優先、無理強いさせるお色気シーン、事務所のゴリ押し。ミマもドラマのレイプシーンに苦悩していたが、周りには隠していた。しかし、自宅のネオンテトラ(?)が死んでいるのを見て、ミマの悩みは爆発。「やりたくないに決まってるじゃないの」と泣きながら悶えていた。人間に管理されないと生きていけないネオンテトラに、自分を重ねたのだろう。

 所詮、自分は誰かの言いなりなのだ

 皆にいい顔しないと、生きていけない

 我々はカメラの外側は見えないけれど、そこでは誰かが涙を流しているのかもしれない。

 

f:id:yururiyuruyuru:20200414031013j:plain

出典: https://matome.naver.jp/odai/2147046176858360401

終わりに

 今監督の作品は、現実と妄想の往来を描いているものが多い。現実と虚構のどちらも対等に描くスタイルで、国内外問わず、様々な人にその世界観を魅了させ続けた。ここに、今監督の功績があるに違いない。『パプリカ』や『妄想代理人』も今後紹介しようと思う。

 あと、かなりエロかったので、もう一周します。

 

あと、EDでルミの声優が松本梨香さんだと分かった時は、かなり驚いた。

ポケ○ン、ゲットだぜ!!

 

yururiyuruyuru.hatenablog.jp

 

パーフェクトブルー【通常版】 [Blu-ray]