夏の終わり。だんだんと、夜が一日を支配する時間が多くなった。暗くなれば、もう暑さは気にならない。熱帯夜という息苦しい地獄から解放されたかと思うと、多少の心地よささえ思えた。
そんな夜を歩いていると、セミが羽化していたのを見つけた。華奢な手足でブロック塀に摑まりながら、真っ白な体躯を現している。透き通る翅に貫く、幾何学的な脈の流れ。真っ黒な瞳は、きっと九月の満月を見つめているのだろう。今にも壊れそうな生が、ここに誕生したのだ。
ただ、夏も終わる。あのやかましいセミの鳴き声も、もう聞こえない。仲間たちが生を繋いでコロッと死んでいった中、随分とお寝坊さんなやつだ。果たして、こいつは生を全うできるのだろうか。季節外れのセミは人から興ざめだと言われ、メスとも巡り合えずに、仕舞いには鳥に食べられてしまうかもしれない。そんな心配はどうでもいいはずだが、頭からくっついて離れない。
それでもこいつは盛大に鳴いて、自分の小さな存在を必死にアピールするのだろう。自分が寝坊したとも気づかず、懸命に。
こいつには「おめでとう」と祝うべきか、それとも「かわいそう」と憐れむべきか。
見落としがちな命の誕生。その出会いは、幸か不幸か……