「恋は盲目」という言葉がある。恋は、相手のすべてを魅力的にさせるという。
恋に落ちた瞬間、ボクはまるで冒険へ船出するかのような無敵感に駆られる。そして、あっという間にボクはキミ一色に支配されて、不安や心配をどこかに忘れ去ってしまう。
恐ろしいと思った時には、もう遅い。いつのまにか、神経は鈍感になる。頭は不能になる。ボクは文字通り、猿知恵になる…
文章が、書けない。言葉が、出てこない。
どんな音楽を聴いても、どんな小説を読んでも、どんな芸術に触れても、全く心動かされない。
キミに染まったボクはとっくに考えることを捨て、シャボン玉の中にいる浮遊感で上の空なのである。ボクは怖くなって必死に頭をあれこれ働かせるけど、一向にキミに勝てない。
結局ボクは、どんな芸術にも負けない、束の間の愉悦にひたっていた。
「別れよう」
夢うつつのシャボン玉が、突然パチンと割れた。
その時怠惰の神経が蘇って、鋭敏になって全身を駆け巡る。幸せにカモフラージュされた不安が、時は満ちたとボクを襲ってくる。
途端に、ボクは芸術に没頭する。まるで大きな大きな不安から逃げるかのように、読書や映画で目を塞いで、音楽で耳を覆う。そして、"書きたい"という意欲が湧き出てくる。言葉にしたい。不安という得体の知れないモノを、表現したくて仕方がなかった。
だから、ボクは今こうして好きなように書いている。失恋に心悩ますあざとい自分が情けないけど、恥も外聞もなく殴り書きして、憂さ晴らしをしている。
「恋は盲目」は、ただ相手が魅力的に見えるだけじゃない。感覚を鈍らせる。バカになる。芸術が、無価値にみえる。だから、僕は無敵になる。人間として退化している証だ。でも、それは幸せの代償なのかもしれない。
恋に"堕ちる"とは、そういうことだ。
それでも、きっとまた恋をするだろう。ボクは麻薬に堕ちるかのごとく、すっかり"退化する幸せ"の虜になってしまったのだから…