ゆるりゆるゆるブログを書く

気ままに生きます

【考察】『パーフェクトブルー』~現実が虚構に、虚構が現実に~

 この自粛ムードの最中、私は『PERFECT BLUE』を見た。1997年に上映された今敏監督のアニメ映画である。今敏監督の作品はこれまでに『妄想代理人』や『パプリカ』を見たのだが、難解なのにどこか引き込まれる世界観に私も魅了され、本作もワクワクしながら見させていただいた。

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出典:https://gensun.org/

 

 

 

あらすじ

 主人公、ミマは事務所の意向で、アイドルから女優に転身する。ミマのマネージャー、ルミはアイドルに戻ることを勧めるも、ミマは「自分が決めたことだから」と濡れ場シーンも果敢に挑む。しかし、ストーカー被害に加えて、女優としての職業に疲弊する彼女の周りで、次々と殺人事件が発生する。

 

 本作は、始終アイドルと女優の板挟みにあう主人公を描いている。殺人事件がメインではなく、それを通じた主人公の葛藤を心の崩壊を軸に話が展開される。

 今回、本作について私なりの考察を考えてみた。もちろん個人的なものなのでこれが正解と決めつけることはできないが、参考程度に読んでいただきたくとありがたい。

 

 ネタバレを多く含んでいるため、未視聴の方はご注意ください。

 

考察

 このアニメの最大の見所は、やはり現実と虚構の目まぐるしい入れ替わり立ち替わりだろう。どこが現実で、どこが妄想か、一度だけ見ただけではなかなか理解できるまい。私も複数回繰り返してみても、未だ分からない点は多くある。

 

幻影

 前述のように、ミマは「女優としての自分」に満足しておらず、「以前のアイドルとしての自分」との間で絶えず葛藤していた。

 私は、女優なんかじゃなく、アイドルになりたい。そんな願望が、また違う『ミマ』を産み出した。

 

 アイドルとしてのミマは、彼女が作り出した単なる幻影なのだ。

 

 ストーカーや女優としての職業に苦悩するミマの前に、幾度となく幻影は現れ、彼女を誘惑する。アイドルに未練を持つ幻影にとって、それでも女優の道を進むミマやそれに協力する大人たちは邪魔な存在だ。だから、彼らを殺し、ミマ本人も襲撃した。

 でも、どうやって?

 そこで、劇中の先輩女優落合エリの言葉を拝借する。

 

幻影が依り代を見つけたとしたら?

 

 当然、幻影で人は殺せない。「幻想が実体化するなんてありえない」のだから。しかし、依り代、つまり誰かに取り憑いてその人の手で犯行を行うことはできる。

 彼女のヘアヌードを撮った写真家を、幻影に取り憑かれたミマ本人の手で殺したのではないか。実際返り血のついた衣服はミマの家にあり、幻影から解放されたミマは、それを見つけて腰を抜かしている。もちろん本人は殺した記憶なんてない。なぜなら、幻影の意志で殺したのだから。

 

 だが、幻影の被害者は彼女だけではない。彼女のマネージャー、ルミも対象だった。

  このアニメは、『美麻の部屋』というサイトがカギになるだろう。このサイトはアイドルとしてのミマの生活が事細かく綴られており、ファンの中には本当にミマが運営しているものだと勘違いしている人もいた。しかし、それはミマがアイドルから女優へ転身した後も続き、疲弊するミマに追い打ちをかける。

 

 おそらく、『美麻の部屋』を運営していたのも、幻影に取り憑かれたルミだろう。ミマはパソコンの知識が疎く、度々ルミに教わっていた。ルミを通じて、幻影がサイトを運営していたのだ。

 そして、幻影に操られたルミは、ミマに汚れ役を任せた事務所社長田所を殺害、ミマを町中追い回す。しかし、剥がされたウィッグ(?)に気を取られ、自動車のブレーキ音・ライトを歓声・スポットライトと勘違いし、車に轢かれる。幸い大事には至らなかったものの、精神科に送られ、医師は『解離性同一性障害』のような症状をほのめかしていた。

 病名としては解離性同一性障害、いわゆる二重人格として出るだけで、実際には幻影がまだルミを依り代として取り憑いているのではないか。

 では、なぜルミに取り憑いたのか。ルミも元アイドルであったが、それに未練を抱いているようだ。幻影とって、ルミもミマに近いものを感じたのかもしれない。

 

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 看護師さん二人がミマを見つけ、「うっそー、ミマなわけないじゃん」とこそこそ噂話をしていた。

 ミマはそのまま車に乗り込み、バックミラー越しに笑みを浮かべ、「私は本物だよ」と呟き、物語は幕は閉じる。

 鏡は本音や真実を映すものと言われている。白雪姫の「鏡よ、鏡」がその最たる例だ。本作も同じく鏡がそのように扱われている。

 電車のガラス窓に映ったミマが、一瞬アイドルのミマとして映し出されたり、アイドルのミマになりきっている(憑りつかれた)ルミも、鏡やガラスに反射した姿はルミそのものだ。

 

 しかし、バックミラーに映るのは、本物のミマ。つまり、幻影としてのミマから解放されている。

 今までアイドルとして男性に人気があったミマであったが、女性にも認知されやすい女優としての道を進んでおり、しかもそれに対して、本物だよ、と呟き、鏡はミマ本人を映している。ミマが女優の道に進むことに、葛藤や躊躇いもなくなっているのだ。

 

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出典:https://gensun.org/

 

風刺

 今監督は人間の内面を描いているだけではなく、何か風刺じみたことも描かれている。私が気付いたものを、2点紹介しよう。

 

過去に固執する人間とストーカーの極端な言動

 ルミやストーカーは、アイドルとしてのミマに執着していた。女優に転身し、レイプシーンを受け入れたミマに、必死にアイドルに戻ることを勧めるルミ。ミマのヘアヌードが掲載された雑誌を買い尽くし、他者に彼女の不埒な姿を見せるまいと試みるストーカー。

 二人とも、アイドルとしてのミマに執着し、女優としてのミマを受け入れない様子だ。しかし、ルミとストーカーでは、少々執着の意味合いが変わってくる。

 ルミは汚れ仕事に取り組むミマを、本気で心配していたように思えた。

 一方で、ストーカーの場合は、純真無垢の象徴であるアイドルから一変、女優に転身した彼女を「汚れた」と感じている。純真なミマを自分だけのものにしたい、ミマを他の色に染められたくない、自分の色に染めたい、という欲望だろう。実際に最初は自身の掌にミマを乗せ(る妄想をし)、最終的にストーカーはミマをレイプしようとしている。

 つまり、ストーカーの動機は彼女への心配でも何でもなく、単なる独占欲の現れなのである。

 

テレビカメラの向こう側

 私自身芸能人でも何でもないので、その業界のことはさっぱりであることはご了承願いたい。

 シナリオよりもキャスト優先、無理強いさせるお色気シーン、事務所のゴリ押し。ミマもドラマのレイプシーンに苦悩していたが、周りには隠していた。しかし、自宅のネオンテトラ(?)が死んでいるのを見て、ミマの悩みは爆発。「やりたくないに決まってるじゃないの!」と泣きながら悶えていた。人間に管理されないと生きていけないネオンテトラに、自分を重ねたのだろう。

 

 所詮、自分は誰かの言いなりなのだ

 皆にいい顔しないと、生きていけない

 

 我々はカメラの外側は見えないけれど、そこでは誰かが涙を流しているのかもしれない。

 

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出典: https://matome.naver.jp/odai/2147046176858360401

終わりに

 今監督の作品は、現実と虚構の往来を描いているものが多い。現実と虚構のどちらも対等に描くスタイルで、国内外問わず、様々な人にその世界観を魅了させ続けた。ここに、今監督の功績があるに違いない。『パプリカ』や『妄想代理人』も今後紹介しようと思う。

 あと、かなりエロかったので、もう一周します。

 

あと、EDでルミの声優が松本梨香さんだと分かった時は、かなり驚いた。

ポケ○ン、ゲットだぜ!!

 

yururiyuruyuru.hatenablog.jp

 

功績がほしいフェミニスト、隙を与えたVtuber

 お疲れ様です。

 3日連続で投稿しようとしたけれど、ちょっと無理でした…w 改めて毎日投稿されてる方々には、マジリスペクトを感じますね。

 ということで、今回は最近何かと巷で話題の、「VTuber規制運動」について、自分なりの意見をまとめてみようと思います。

 

 

概要

 松戸市のご当地VTuberである戸定梨香が、交通安全啓発のイメージキャラクターとして採用され、自転車の注意を呼び掛ける動画が、7月中旬に投稿された。それに対し、全国フェミニスト議員連盟が彼女の身体的特徴を「女性蔑視」だと批判、これを受けて当該動画が削除された。

 この削除に対抗して、反対派が議員連盟に削除への抗議を展開し、現在活動が進行中である。

 

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出典:https://www.youtube.com/watch?v=2eSdrs9Svvs



 

youtu.be

 

 うーん、いつぞや似たようなことがあった気がするし、自分もそれについて投稿した気がする。

 

yururiyuruyuru.hatenablog.jp

 

VTuber・反対派

 結論から申し上げますと、自分はフェミニストVTuberどちらにも賛成しない、松戸市にもその責任の一端はあると考えている。

 

 全くVTuberを見ない自分だけれど、VTuberを起用した松戸市の革新性に、一定の敬意を表したい。ただ、今回の主題はあくまで「交通安全啓発」という「教育」目的であって、VTuberの普及目的ではないのだ。

 

(反対派の中にVTuberの良さを書かれている方がいたので、それは違うだろうと…)

 

 YouTubeの動画でも、明瞭な言葉遣いかつ字幕にルビが振ってあることから、子どもも対象であること明白だ。それなのに、女の子のへそ出し、胸が揺れ…。アニメを見慣れた自分はそこまで過激だとは思えないけれど、これを子どもに見せたくないと非難する人もいるだろうな、というのが率直な感想である。

 「公」の立場が「教育」としてこれを公表するのは、不相応だと批判されても仕方ないのではないか。

 これを性表現でない主張する反対派がいるが、拙稿*1でも申し上げた通り、表現物に対して抱く感情は人それぞれなのだ。普通の制服ならばまだしも、露出のある格好になると、不快に思う人がいてもおかしくはない。

 民間の企業や個人であれば、表現の自由が保障されている以上、死んでも守るべきだろう。ただ、行政や警察が、さらに教育として扱うのでは、話は変わってくる。別にピーポーくんだとか、「前から車が!」おじさんのVTuberでいい訳で…。

 

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 「普通に警察の恰好をしたVTuberじゃだめなの?」とも思う。交通安全啓発という教育の場で、性を煽る必要はないにもかかわらず、なぜ扇情的ともとれる服装にしたのかが、まったくの謎である。

 すなわち、「VTuberがダメか?」や「性的な表現か?」ではなく、「教育としてふさわしいか?」。ここを論点にすべきだと、自分は考えている。よって、その表現は教育としてはあまりふさしくなく、お蔵入りもやむを得ないのではないか。

 ただ、教育に流行りのVTuberを導入することは、子どもの関心を引き寄せることも期待できるので、是非婦警さんや「前から車が」おじさんなど違う形で作り替えてほしい。

 

フェミニスト

 一方で、一部のフェミニストの方々が言う「女性差別」を理由とした表現規制は、なかなか難しい。拙稿*2を引用すると、「差別を助長する恐れ」という理由での規制は、かえってその差別を強める。むしろ各々の特徴を「個性」として捉えたほうが、多様性な世の中になるのではないか。

 

功績を得る難しさ

 にもかかわらず、一部のフェミニスト表現規制に躍起になるのはなぜだろうか。それは、ひとえに「功績」・「成果」がほしいからではないか。

 功績を欲することは、特段悪いことではない。フェミニズムに限らず、周囲からの支持をより集めるためには、功績が必要不可欠である。

 ただ、特に政治・社会活動に関する功績を獲得するのは、非常に困難を極める

 例えば、フェミニズムについて言及すると、とある企業が「妊娠した女性は強制退職女性にだけ給料が低い」のような、女性に対してだけ不当な扱いをしていたとしよう。しかし、その企業の実態を知り、改善を要求するためには、まずその企業と何らかの関係を持たなければならない。その企業に入社するなりして、不当な差別を経験しなければ、声を上げるどこか知ることすらできない。待遇を改善するためには多くの時間を要する上、限られた人物しかできない。

(それでも、現在はネットで拡散することによって、実態をある程度知ることはできるようになってはいるが)

 条例や法律も然りであり、長年の月日をかけて議会でようやく制定できるのであり、一方で法案が通過できない可能性も孕んでいる。

(そう考えると、当時での男女雇用機会均等法制定は努力の賜物だと思う。)

 このように、政治・社会活動で何かを達成するには、時間・人員を多く要し、尚且つ達成できない可能性も高いのだ。

 

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表現という好都合の的

 だが、表現に対して声を上げるのは、非常に容易である。なぜなら、「自分の目の前にあるから」である。

 社会構造や法整備を変えるには、経験の後に人員や時間を割いて、わざわざ訴訟・議会で議題に挙げなければならない。一方で、表現はどこかで見つければ、その時点で声を上げ、相手が謝罪ないし削除すれば、簡単に成果が出せる。女性差別という最もらしい理由を添えれば、より相手が折れる可能性も強まる。いわば、表現規制は功績を集めるのに効率が良いのだ。

 つまり、一部のフェミニストにとって、今回の件は恰好の餌食である。誤解を恐れずに言うならば、松戸市は彼らに隙を与えたのである。

 

本当に大丈夫?

 一部のフェミニストの方々に言いたいのは、「もうその手法は通用しない」ということだ。いや、内輪では大手柄として礼賛するのかもしれないが、傍から見れば、フェミニズム全体の信用が揺らぎ始めている。本当に彼らの方法で、女性ひいては社会全体が良くなるのかと。

 一朝一夕には社会構造の変革は成し得ないのだから、小手先の功績に逃げるのではなく、より生産的な啓蒙運動なり意識改革なり社会活動なりに徹底すべきではないか。”男女同権”という立派な主義をお持ちであれば…。

 

最後に

 自分は、特段フェミニストを執拗に叩くつもりはない。未だ男女差別の残存する時代に彼らの主張は必要だと思うし、ろくでなし子氏のように興味深いフェミニストもいる。しかし、彼らが現在の状態では、社会は変わらないどころか、彼らへの猜疑心が一層強化され、より実現が遠のくに違いない。それを彼ら自身が気づかなければ、永遠に押し問答を繰り返すだけだ。

 勿論、フェミニストに全ての非があるわけではない。反対派にも同じく的外れな主張をする人がいる。だからこそ、一向に問題の着地点が見つからない。

 両者とも過激にならず、建設的な議論の意義が問われる、重要な局面なのではないか。

 

 何かございましたら、お気軽にコメントお願いします。

 それでは。👋

 

参考文献

Vチューバー起用は「女性蔑視」? フェミニスト議連が抗議の啓発動画、松戸警察が削除(J-CASTニュース) - Yahoo!ニュース

・拙稿 オタクもフェミも的外れ ~爆乳ポスターと性規制~ - ゆるりゆるゆるブログを書く

 

【後編】5000円以内で行く、日帰り鎌倉旅行!~江ノ電編~

 お疲れ様です。

 本稿は、後編になります。前編もぜひご覧ください ↓

 

yururiyuruyuru.hatenablog.jp

 

 今回は、鎌倉駅・そこから江ノ島電鉄で観光名所を回ります。

 残りのお金は1128円! これ以上散財は許されません。 

写真は投稿者自身が撮影したものです。下手くそですが、ご容赦ください。

 

 

鎌倉駅

PM01:00

 北鎌倉駅から横須賀線鎌倉駅へ向かいます。鎌倉駅北鎌倉駅と比べて、活気のある駅でした。小町通りを通って、とある場所に向かいます。

 

鶴岡八幡宮

PM01:15

 多分、鎌倉で最も有名な観光地と言えば、そう、鶴岡八幡宮です。それを証明するかのように、多くの人が参拝しに来訪しておりました。密にならないように、なるはやで詣でます。

 

歴史

 鶴岡八幡宮は、源頼義が前九年合戦勝利を祈願して、石清水八幡宮からの分霊を賜りました。石清水八幡宮は大分の宇佐八幡宮の分霊ですので、実質宇佐八幡宮の分霊の分霊なわけです。

 源頼朝が鎌倉に幕府を置くと、鶴岡は現在の位置に遷され、源氏の氏神として御家人からの尊崇を集めました。また、参道の若宮大路由比ヶ浜まで一直線に伸びています。これは、妻北条政子が懐妊時、「参道」と「産道」をかけ、安産祈願のために作られたそうです。ここで産まれた子が、後の2代将軍頼家です。

 

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鶴岡から雪ノ下が奥の方に見える。

 

銀杏の木

 正直見どころは、あんまりありません…。しいて言えば、これ!

 

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かつて大樹があった場所。写真左に根元の一部が残る。

 

 ここには、かつて銀杏の大樹が立っていました。雪降る日、右大臣就任の拝賀のため鶴岡を訪れた3代将軍実朝が、甥の公暁に暗殺されました。その公暁が、この木に隠れていたという伝説があります。

 しかし、2010年の強風で倒木してしまいました。現在は、紙垂で囲われています。

 

寿福寺

PM02:00

 鶴岡八幡宮から程遠いところに、寿福寺があります。さっきとは打って変わって人がおらず、ゆっくりと観光できそうです。

 

 

 鎌倉五山で第3位である寿福寺には、何といっても政子実朝の墓があるのです。

 左が政子、右が実朝の墓です。

 他にも俳人高浜虚子や小説家の大佛次郎など、著名人の墓が多く鎮座しているらしいですが、墓地でキョロキョロしてると、墓荒らしに勘違いされるので、ここいらで退散。

 というか、ここの墓地への道中、スズメバチに遭遇しました…。実朝の呪い…?

 

江ノ電

 さて、鎌倉を離れ、江ノ電で他も回りましょう。

 その前に、水筒の中身が尽きて、さらに空腹なので、駅前のファミマで緑茶と紅しゃけのおにぎりを購入。そのお値段、100円と150円。

 鎌倉らしいもの食べろ? そんなん知らんよ。

 江ノ電を乗り放題切符、通称「のりおりくん」で乗っていきます。

 

残金

1128-(100+150)=878

 

長谷駅

PM02:50

 江ノ電は、住宅地の狭い細道を走ることで有名です。家と家の間をこじ開けるように通り抜け、鎌倉駅から三駅先の長谷駅へ到着。ここには何があるかというと…。

 

長谷寺高徳院

 駅名の由来である長谷寺、そして高徳院、通称鎌倉大仏があります。

 ほんとは鎌倉大仏は、奈良の大仏のように大仏殿にあったのですが、地震津波で倒壊、さらには体内にガムやら落書きなど、かわいそうな大仏さん…(キャロン風)。てか、どうやって体内に落書きしたん?

 どちらも拝観料がかかるため、今回はパス! 大仏さん、お許しください!(研風)

 

極楽寺駅

極楽寺成就院

PM03:40

 極楽寺駅には、極楽寺があります(進次郎風)。しかし、かなり小さくてちょっと迷いました。極楽寺は、忍性が事実上の開山者であります。

 

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極楽寺

 

 えっと…、成就院なのですが、疲れからか、すっかり行くのを忘れていたんです…。

 なんという失態! 万死に値する!!

 また機会があれば、行こうと思います…。

 

稲村ケ崎

PM04:20

 稲村ケ崎駅には、稲村ケ崎という海の絶景ポイントがあります。海はやっぱりいいですねえ~

 

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稲村ケ崎

 

七里ヶ浜駅

PM05:10

 個人的に最も感動した場所、それが七里ヶ浜です。

 

 

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七里ヶ浜

 

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夕陽に照らされた江ノ電

 

 ヤバくないですか!? エモくないですか!!??

 夕焼け・富士山・江ノ電、全てが絶景だよ。

 カップルがいるので、自分もマスクの下で歯ぎしりしながら、景色を撮りましたよ。キスしてるカップルいたけど、濃厚接触やぞ!!😡

 

鎌倉高校前駅

PM04:50

七里ヶ浜の夕日を見るため、先に鎌倉高校前駅に降りました。

 

 

 言わずもがな、スラムダンクで有名なあの踏切。君が好きだ~と~叫び~たい♪

 あんまり上手に撮れなかったけれど、僕満足!

 

江ノ島駅

PM06:00

 さてさて、暗くなった所で最後に降りるのは、江ノ島駅です。

 

 

 小田急片瀬江ノ島駅は、竜宮城がモチーフです。神奈川には古くから浦島太郎伝承が根付いていて、横浜には浦島地蔵や浦島小学校もありますよ~

 子どもの頃によく連れてってもらった、江ノ島水族館もあります。お金と時間が合ったら、今度行こう。

 

 そして! 忘れてはならない聖地巡礼! そう! あの一世を風靡した「江ノ電自転車ニキ」の戦場も、ここが舞台です。

 

 

 なんか感動しますよね。是非ニキのタコス屋も行きたい!

 というか、撮り鉄さん達は道路の真ん中で撮ってたってこと…?

 

藤沢駅小田原駅

PM07:15

 江ノ電に乗り、そのまま終点の藤沢駅へ。でも休日パスがもったいない気がしたので、限界の小田原駅へ行きました。もちろん暗くて撮れなかったのですが、小田原城も見てきました。

 さらに、また水分が底を尽きたので、ファミマで同じ緑茶を買います。

 そして私は、東海道本線で北上し、帰路に就くのでした…。

残金

878-100=778

 

結果

 もはや形骸化した、5000円以内というシステム。

 その結果は、778円余りました!

 

明細

5000円 −[2720(休日パス)650(のりおりくん)502(円覚寺)250(茶とおにぎり)100(茶)]=778

 

 意外にイケるものでしたね。「これなら建長寺行けたじゃん!」とか、「もっと飯食えばよかったじゃん!」とか、「あと1円使えば、トリプルセブンじゃん!」とか、色々な後悔が残りますが、まあいいでしょう!(適当)

 

終わりに

 こんな自己満ブログに最後まで付き合っていただいた方々、本当に感謝しております!

 楽しむのは金じゃないってカッコつけたことを言いたいですが、やっぱりお金を使った方が楽しめますね…w

 寝坊しなければより色々回れましたし、やっぱ寝坊ってクソだわ。

 また、前編でも申し上げましたが、今回はアニメ等の聖地巡礼をほぼしていません。鎌倉が舞台の作品があれば、是非教えていただきたいです…。

 

それでは!

 

は行った場所、は行きたかった場所です。

 

yururiyuruyuru.hatenablog.jp

 

【前編】5000円以内で行く、日帰り鎌倉旅行!~北鎌倉編~

 お疲れ様です。

 ワクチンも打ったので、どこか行きたいなあ… とプランを立てていて、そうだ、鎌倉にいこうと、ふと思い立ちました。遠くもなく近くもない観光名所、非常にいいではありませんか!

 しかし、しがない金欠学生である自分は、高い飯やお土産を買う余裕がありません。

 ということで、今回「5000円以内しか使えない!」という謎縛り自己満企画をしました! もちろん、食費も交通費も含めて!

 当然宿泊するお金もないので、日帰り。カフェでまったり時間もないです。如何に金をかけずにどれだけ観光し、全力で楽しむことができるのか。

 自分は、高級カメラや撮影技術が生憎ございませんので、無様なスマホ写真ですが、ご容赦ください。

 あと、鎌倉が舞台のアニメを知らず(せいぜいスラムダンク?)、今回は聖地巡礼等はほとんどしていません。鎌倉が舞台の作品があったら、是非教えてください…。

 時刻は、スマホで写真を撮った際に出ているものを参考にした、大体の時間です。

 

 

準備

 さて、鎌倉に行くためには交通費が必要不可欠です。

 主にJRと江ノ電を使おうと思ったので、休日お出かけパス・のりおりくんを購入。

 その金額は、なんとそれぞれ2720円と650円! 合計3370円! 早くも半分以上の出費!

 車移動も考えましたが、自分は運転があんまり上手くはないし、疲れた体で帰りの運転するのも嫌なので…

 後は、お茶をギリギリまで入れた水筒に、残暑が厳しいためタオルを持参。これで準備万端です!

 

残金

5000-3370=1630

 

いざ鎌倉

 さて、当日(9/11)なわけですが、自分、その日なんと1時間寝坊! 6時半に起きるつもりが、目を覚ました時には既に7時半。

 目覚ましちゃんとかけたのに、なぜか消えてるのなんでだろ~♪

 まあいいでしょう。8時に家を出て、なんとか電車に乗り込みました。朝からドタバタありましたが、曲がりなりにも鎌倉に向けて南下し始めたのです。

 

北鎌倉駅東慶寺

AM10:20

 JR横須賀線北鎌倉駅に到着! 小さな駅ではありますが、ここには沢山の観光名所があります。

 

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北鎌倉駅

 

 

 まずは、東慶寺に向かいます。北鎌倉駅西口を左折し、ずっと行くと右手に見えます。

 東慶寺は、江戸時代に離婚したい女性が入る「駆込寺」として有名です。

 彼氏と別れたい女の子は、是非ここをデートプランに検討してみては?

 ちょっとマイナーであるゆえ、あまり人がおらず、小さいながらも非常に静謐な寺院でした。

 

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東慶寺

 

浄智寺

AM10:40

 東慶寺を出て右に進むと、踏切前に浄智寺はございます。

 浄智寺は、鎌倉五山の第4位の寺院という権威ある神社です。

 開山者の一人は、南洲宏海(なんしゅうこっかい)。関西弁のツッコミみたいなお名前。

 拝観するにはお金がかかるので、今回は断念…。

 

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浄智寺

 

明月院建長寺・長寿寺

AM11:00

 浄智寺前の踏切を渡り、左折すると明月院、直進すると建長寺に行きつきます。

 明月院山内上杉氏が、建長寺南宋の僧蘭渓道隆(らんけいどうりゅう)が、それぞれ開山しました。特に建長寺は、鎌倉五山の第1位という臨済宗として最も格式高い寺院です。

 どちらも拝観料がかかるので、残念ながら…。

 あと、建長寺への道すがら、右手に長寿寺があり、そこには足利尊氏の墓が鎮座しています。

 

円覚寺

AM11:40

 さっきから全然入ってないやんけ! って思ったそこのあなた! m9(・・)

 今回のメインはここ、円覚寺です。北鎌倉駅に臨時口があるので、実質駅から一番近い寺院かもしれません。

 ここは惜しむことなく、拝観料500円を投入。

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円覚寺の拝観券 後で撮影したものです。
歴史

 円覚寺は、8代執権北条時宗南宋から招かれた無学祖元(むがくそげん)が開山しました。鎌倉五山では建長寺に次ぎ第2位と、こちらも権威のある寺院です。関東大震災円覚寺は甚大な被害を受け、震災後に再建された建造物も多いです。

 

建築物

 

 

 境内は幅が狭くて奥行きの深い、ウナギの寝床のようです。しかし、右上写真の立派な山門がお出迎え。

 右下の白鹿洞は、無学祖元の説法を聞こうと、この洞窟から鹿が現れ、彼の説法を共に聞いたという伝説があるそうです。 ほんとかなあ?

 

 

 左上写真の奥にある舎利殿には近づけませんでしたが、円覚寺で最も貴重な建物の一つです。(屋根しか見えませんが…)南宋から輸入された、禅宗という建築方式が見られます。急勾配の屋根が特徴の一つであり、この写真では若干それが分かります。

 右上の唐門の中には、左下の連なる石像と大方丈があります。ここの仏像に何やら1円玉があったので、私も2円だけ、お供えいたしました。理由はよく分かりません…() また、そこで剪定中の庭師さんに、お寺さんたちが立ち止まってお辞儀をしていたのが印象的でした。

 急な階段を上ると、右下の洪鐘があります。この洪鐘は関東で最大であり、舎利殿とともに国宝に指定されています。ただ、舎利殿より扱いがぞんざいな気が…()

 

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洪鐘の場所から見えた景色

 だいたい40分ぐらい居たでしょうか? どの建造物も見どころがあり、本当に時間があっという間に過ぎます。ただ、鎌倉の観光名所はまだまだありますので、ここらでおいとま致します。また来る!

 

残金

1630-(500+2)=1128

 

終わりに

 ということで、ここで一区切りとさせていただきます。

 前編だけで結構お金を使っていて、正直ビックリです。

 ただ、円覚寺は500円払ってでも行く価値はありました。紅葉が絶景な場所でもありますので、是非見に行こうよう!

 後編は、翌日にはUPすると思います。よければ、後編でもお付き合いいただけると、嬉しいです。

 

yururiyuruyuru.hatenablog.jp

 

 それでは!

Flashのエロゲに、別れを言うのを忘れた。

 こんばんはー(石川風)

 大した用事はなかったけれど、更新が滞ってしまいました。

 (m´・ω・`)m ゴメンネ♡

 随分と期間が空いて、ブログの書き方すら忘れた今日この頃です。

 この記事は、いわば「アクセル」ということで、ここからエンジンふかして参りたいなあ、と思います。

 

 

 さて、政治家のような信頼できない所信表明は置いといて、今回はくだらない戯言です。しかも、ちょっと下世話なエロゲの話。

 

 自分が初めて触れたエロは、ファーストガンダムでのフラウボゥの入浴シーンだった気がします。当時小学生の自分は、ちょっと気恥ずかしくなりながらも、サービスシーンを心の中で楽しみにしていた、純粋だけど確かにエロ坊主の片鱗を見せていた少年でした。

  中学生になると、ネットで自分の何かが開花してしまうモノに出会いました。それこそ、「Flash」のエロゲー。「無料・二次元・動く・ゲーム」という衝撃的なそれは、まさに自分にとって黒船でした。

 

(「18歳未満は見ちゃダメだろ」ってツッコミは、そっと胸にしまって)

 

 クリックすると、女の子が動く。どんどん服がはだけていく。頬を赤らめ、やがてはあられもない格好に…。(≧∇≦)

 

 女の子を動かし続けるためには、右手でクリックし続けないといけないから、マウスの左クリックをセロハンテープで固定するという、バカみたいな工夫に試行錯誤していました。

 

 今考えれば、ボイスもなく、絵もそんなに上手な訳でもなく、やっすいSEが用意されてるだけの、まあまあ低クオリティなモノでした。ただ、この脱がす脱がさないのドキドキ感、自分がその子を手玉に取ってる感じが、当時の自分にとってはたまらなく良かったのです。

 

 けれども、時が経つにつれて、AVやらエロゲやら同人誌やらに魅了され、Flashでは物足りなくなってしまいました。そして、いつかも分からない日に、自分はFlashに見向きもしなくなったのです。これが成長ですよ、お母さん。

 

 2020年末に、Flashがサービス終了したといいます。自分は、有名なプニキやら憎きロビカスには餞別を贈ったわけですが、Flashのエロゲに別れを告げるのをすっかり忘れてしまったのでした。そのことに気づいた時には、2021年も半分を過ぎていました。

 

 昔のパソコンのお気に入りから例のサイトに飛ぶと、そこは既にリンク切れ。何度サイトを再読み込みしても、けんもほろろ。自分は、戻ることしかできませんでした。

 Flashのエロゲは、今の自分を創り上げた恩人そのもの。その葬列にすら参加できずに、気づけば「Not Found」と刻まれた墓だけ。きっと、天国でお怒りになってるはず…。

 

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 でも、これでいいのかもしれません。もし会ってしまったら、別れがより寂しくなるだけだから。ティッシュが何枚あっても足らなくなるから(色んな意味で)。

 

 そう自分に言い聞かせて、DLsiteでおねショタものを買うのでした。

ファスト映画逮捕で、考察はどうすべき?

 夜中に尻に火が付いたように書き、推敲もせず投稿したことをお許しくださいm(__)m

 

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ファスト映画の摘発

 最近何かと話題の「ファスト映画」がYouTubeで摘発され、逮捕者も出ました。

 

www.asahi.com

 

www.huffingtonpost.jp

 

  ファスト映画とは、「映画などの作品を10分程度に要約したダイジェスト動画」です。これは映画に限った話ではなく、アニメ・ドラマ・小説・評論・ゲーム・音楽などすべての作品に当てはまります。ファスト映画はあらすじのネタバレだけでなく、作品の映像をガンガン使用していたようです。

 ファスト映画を擁護する意見もあるようですが、個人的には「仕方ないかな~」という感じです……w まあ、起承転結全部言われて、映像を無断使用されて、さらに金まで稼いでいたら、そりゃあ規制も入りますわ。

 

考察・レビュー系は?

 さて、本題はここからです。今回はYouTubeだけですが、ブログも対岸の火事ではいられません。自分のような「作品を考察する人」も、その煽りを受けることは必至です。

 レビュー・批評・考察も摘発対象? そう危惧して自主規制に追い込まれるその関連のYouTuberやブロガーも少なくありません。そんな色めき立つネット界隈で、考察・レビュー系は生き残れるのでしょうか?

 考察や批評に使うネタバレや画像は引用か、あるいは剽窃か、法的な視点で見る必要があります。自分は法律の専門家でもなんでもないド素人ですが、大まかに引用のルールはこのようです。

 

引用先をしめすこと
自分の主張が主、引用が従であること

 

  ただ、この基準が実に曖昧過ぎる気がします。①はまだしも②が特に。少なくとも自身の感想や主張がなく、映像・ストーリー垂れ流しのファスト映画が盗用なのは了解できますが、果たして考察系はそれに準じているのでしょうか? 自分のブログを見返してもよく分かりません……

 結局これは著作者や裁判所の判断に委ねられるので、自分がいくら悩んでも仕方がないです。自分は彼らに生殺与奪の権を握られていることを承知の上で書いていることを意識しなければなりません。逆に言えば、著作者のお目こぼしによって自分は書けているとも言えます。感謝感謝……(ネテロ会長風)

 

 一方で、ネタバレ抜きに批評や考察を書くのは、率直に言って無理です。「だからそれらを書くべきではない」という批判は、飛躍しすぎだと感じます。批評や考察は、ファスト映画と違って自身の意見が主体であり、多角的な視点を与えてくれます。自分も多くの考察系動画(岡田斗司夫さんとか)・ブログに感化され、今に至ります。それは文化的・商業的に決してマイナスではなく、むしろメリットがあることの方が大きいのではないのでしょうか。

 

結論

 結論として、自分は「様子見」です。玉虫色ではありますが、この風潮を黙殺できませんし、全部消すのも癪です。まだまだ自分のブログの影響力は低いですが、おかげさまで検索結果の上位に拙稿が出てくることもあるようです。これを鑑みると、やはり「様子見」しかやり様がないのです。

 

 ただし、著作者側に配慮しなければならないことも事実です。そのため、今後下記の対策を講じる予定です。

 

ネタバレの注意喚起強化

サブスク(Netflixamazon primedアニメストアetc)の配信状況付記  

画像の使用は必要最低限に

  

 これらの対策を施すことで、ある程度集客に貢献ができます。ですから、考察・批評・感想系の投稿は今後とも継続しようと思いますので、よろしくお願いしま~。

【前半】今こそ『オトナ帝国』を語ろう ~コロナ禍で分断された現代社会~

※こちらは前半です※

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2001・臼井儀人・シンエイ動画・ASATSU-DK・テレビ朝日

 

 クレヨンしんちゃんは今まで数多くの映画が公開されたが、2001年に封切られた『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ! オトナ帝国の逆襲』、通称『オトナ帝国』は、最高傑作との呼び声も高い。他にも『戦国大合戦』『ロボとーちゃん』など名作はたくさんあるが、個人的に本作が最も印象深い。

 

 子ども向けといいながら、これほど風刺的で痛快な作品は今までに類を見ない。今回、私はコロナ禍で息苦しい社会を、『オトナ帝国』を通じて見ていきたい。

 その際、前半と後半に分けてまとめる。前後半で関連する内容が多いので、どちらもご覧になってくれれば筆者は泣いて喜びます。(巧妙なステマ

 また、この考察は作品の内容に関するものよりも、『オトナ帝国』と現代社会に通底する風潮や現象を優先して見ていこうと思う。

 

 

あらすじ

 子ども時代を追体験できる”20世紀博”に、すっかり夢中になるひろしみさえら大人たち。彼らは子どものように豹変し、20世紀博へ連行されてしまう。取り残されたしんのすけかすかべ防衛隊は、彼らを奪還すべくそこへ向かう・・・。

 

 

考察

昔はよかった

 懐古する言葉としてよく使われる「昔はよかった」。1990年代~2000年代の「就職氷河期」・「失われた10年」・「ロストジェネレーション」、すなわち本作が公開された2001年周辺を、この言葉が象徴する。

 高度経済成長やバブルで輝かしく成長する日本。未来は明るい、そう思われていた。しかし、現実は非情だ。バブル崩壊後に慢性的な経済停滞や政治不信が襲い、90年代以降は「就職氷河期」やら「失われた10年」やら、若者は「キレる17歳」と散々な言われ様。

 高度経済成長やバブルを生きた人々の目には、この時代はむなしく映る。夢も希望も金もない。時代の被害者となった彼らの生き様は、華やかな過去を偲ぶことであった。

 バブル崩壊後、当たり前が当たり前でなくなった日本社会。人間は変化を嫌う生き物である。今までの馴染み深い生活からの脱却を余儀なくされるも、それを懐かしく思うのは当然である。

 

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株価暴落に混乱する東証 ー毎日新聞社

 

 現在のコロナ禍の社会も同様だ。時短やらソーシャルディスタンスやら慣れない自粛生活に閉口し、コロナ以前の生活に戻りたいと思うはずだ。

 

 「昔はよかった」それは現実逃避する魔法の言葉。だが、この魔法は現実という空気を吸えばすぐに解ける。

 しかし、『オトナ帝国』ではそうではない。本作で登場する20世紀博は、それを具現化して実際に手に触れさせることで、永遠に現実逃避を暗示することができる。

 例えば、野原ひろし・みさえは家庭を支えるために、日々奮闘する。しかし、20世紀博を訪れた彼らは現実を忘れ、思い出に没頭する。だって、先の見えない努力より楽しい過去の追体験の方が、ずっと気楽なんだもの。

 

 20世紀博を完成させたケン曰く、そこの中には「懐かしい匂い」が充満しているという。もし現実でも20世紀博のような施設が存在すれば、今の人々は病膏肓に入ったように熱中するに違いない。多分私もハマる。

命名すれば、”人の温もり万博”? 風俗みたい……)

 

世代間の相克

 一方で、『オトナ帝国』で見捨てられたのは子どもたち、換言すれば輝かしい日本を知らない世代である。 大人たちは子どもたちを冷たくあしらい、21世紀博へと姿を消した。大人のコミュニティと子どものコミュニティが、物理的・精神的に乖離した状態となった。

 このような年齢による社会の分断は、何も創作の世界にとどまらない。現実でも、度々社会が年齢で分断されていると、私は感じる。

 

バブル崩壊の場合

 少々話は脱線するが、面白い事例を出そう。就職氷河期世代であった赤木智弘氏は、フリーターとして働いていた。2007年『論座』に寄稿した記事で、彼は一躍脚光を浴びることとなる。以下、その引用である。

 

 バブル崩壊以降に社会に出ざるを得なかった私たち世代(以下、ポストバブル世代)の多くは、これからも屈辱を味わいながら生きていくことになるだろう。一方、経済成長著しい時代に生きた世代(以下、経済成長世代)の多くは、我々にバブルの後始末を押しつけ、これからもぬくぬくと生きていくのだろう。なるほど、これが「平和な社会」か、と嫌みのひとつも言いたくなってくる*1

赤木智弘「「丸山眞男」をひっぱたきたい 31歳フリーター。希望は、戦争。」(『論座』、朝日新聞社、2007年)

 

 うーん、何とも過激な題名に過激な文章。これは言うまでもなく大論争を惹起し、特に左派陣営からの批判を呼んだが、新進気鋭の新人はすぐさまこう反論する。

 

なぜバブルの恩恵を受けた人間が焼け太り、我々のように何の責任もないはずの人間が、不利益だけを受容しなければならないのか。左派の理論はそうした疑問に答えてくれない*2

赤木智弘「続「『丸山眞男』をひっぱたきたい」--けっきょく、「自己責任」ですか」(『論座』、朝日新聞社、2007年)

 

 所得の低いポストバブル世代を利用するだけの左派は、実際に解決する姿勢を見せていないと赤木氏は主張する。ただし、彼が「左派に絶望しつつも、決して右傾化するつもりはない*3」と釘を刺していることは留意してほしい。

 

 この主張は既存の論壇から手厳しく批判された一方で、若者から一定の支持を得たことも事実だ。ただ、私が言いたいのは、彼の主張の賛否ではない。バブル崩壊という歴史的な出来事が、このような世代の分断を生んでいることである。

 

コロナの場合

 学校が休校になり、部活動やサークル活動、就職活動がままならない若者。「若者が感染を広げている」「若者の外出を止めるべき!」と吹聴するメディアや政治家。(ここで政策の是非を問うつもりはないが)

 一方で、高齢者偏重の政策に嫌気がさした若年層は、「高齢者も自粛しろ」と老年層に批判の矛先が向き、「老人はコロナで淘汰されるべきだ!」という過激な主張までも見受けられる。この現象は日本に限ったものではなく、欧米ではboomer(日本の団塊の世代)を批判する『#boomerremover』というハッシュタグが話題になった*4

Twitterでこれらを探そうと思ったが、気が病みそうなのでご勘弁……)

 

 理解できない他の世代に対して互いに攻撃を展開し、自身の溜飲を下げる。この風潮を正当化するつもりは毛頭ないが、当然の帰結にも思える。バブル崩壊といいコロナといい、世代間の対立はいつの時代も潜在的に起こっていて、歴史のターニングポイントがそれを顕在化させたにすぎない。

 

 オトナ帝国』では20世紀博の存在が分断を招いたが、現実ではそれがバブル崩壊コロナに置き換わる。

 

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まとめ

 『オトナ帝国』と現代社会で共通する現象を、今一度まとめてみよう。

 

① 人々は懐古したい心を持っている

② 世代間の分裂の露呈

 

 生活様式や価値観が変容すれば、我々は以前のそれを懐かしむ。ケンや恋人のチャコはその感情を基に21世紀博を完成させ、共鳴した大人たちはそこに足しげく通った。また、20世紀博の誕生や現実ではバブル崩壊やコロナなど、社会的にマイナスな出来事が起これば、鬱憤・怒り・ルサンチマン等によって世代間の分裂が往々にして活発化する。

 本作は社会を鋭く観察し、それを明確に描かれていると驚嘆するばかりである。

 

後半に向けて

  さて、キリも良くなったので一旦ここで区切りたい。

 正直行き当たりばったりな解説が多くて反省点は数知れないが、最後までご覧いただいて嬉しい限りだ。

 後半は、我々の将来、いわゆるポストコロナについて見ていこう。未来の生活様式や社会、価値観はどうなってゆくのか。『オトナ帝国』にヒントが必ず隠されているに違いない。それを後半で解き明かしてみたい。

 

 忌憚のないご意見を是非ともお寄せください。

 

 それでは👋 

「にわかは語るな!」 別にいいじゃん

 

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「新参は語るな!」

「これ知らないやつはにわか」

 

 これらの言葉、ネットでよく見かける方も多いと思う。「新参」・「にわか」とは、とある分野に興味を持ってから日が浅い人及び知識の薄い人の総称(蔑称)である。その分野とは、アニメ・アイドル・音楽のような大きな枠組みから、作品や歌手のような個別的なものまで至る。

 「新参」と「にわか」の違いとして、小新井涼氏の解釈によると、新参は「単純に新規参入したばかり」であるのに対し、にわかは「知ったかぶりに近い」ニュアンスとする*1が、どちらも蔑称として使われることも多く、明確な使い分けはないように思える。

 特に、著名人(一般人でも頻発する)がその作品について興味を示した時、その作品に対して意見したり間違いを言ったりした時に、この言葉はよく使われる。

 自分は、この言葉が非常に嫌いである。なぜ歓迎せずに、マウントを取ろうとするのか。歴が長いだけで、知識があるだけで、なぜ「古参様」はそんなに偉そうなのか。

(今回は特筆しない限り、「にわか」も「新参」も同義として扱う。)

(また、自分がアニメ好きのため、主にアニメを例にしてまとめる。)

 

〇〇が好きな自分が好き

 にわかや新参を嫌う人がいるのはなぜだろう。それは、自分がアニメファン・○○(作品)のファンであるという「ブランド」「価値」が低下するのが嫌なのだ。

 自分がいるテリトリーにプライドを持ってしまい、後から無知がずけずけと入るのは、その価値が下がったような気がして癪に障る。だから、新参(特に影響力の大きい著名人)を排除し、その価値の維持を図るのではないか。

 

 ただ、その排斥運動が自らのブランドを貶めていることは言うまでもない。本来趣味は誰もがアクセスできて然るべきだし、誰かにその趣味を咎められる筋合いはないはずだ。しかし、世界観や細かな設定を知らないだけで糾弾するのは、その界隈の印象を下げることになりかねない。

 

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 オタクを自身にラベリングしてアイデンティティを確立する。それだけなら何ら問題もないのだが、そのラベルをブランドやプライドと錯覚し、排他的な風潮が完成してしまう。これは非常にもったいないことである。

 

 新参の獲得は、「排除の対象」ではなく「布教の功績」として、諸手を挙げて歓迎すべきだ。

 

 新参も積極的に

 古参から威圧的に言われると、やはり新参は萎縮してしまう。

 新参は、特段慎ましくなくてもよい。日が浅くても批判や意見や考察をガンガン主張してよいし、むしろ盲目的なマニアとは違う視点を与えてくれることもある。それに、間違えを恐れる必要はない。学問においても、間違いは罪ではない。ましてや趣味の範疇ではなおさらだ。間違えたら、訂正するだけでよい。

(ただし、批判は新参関係なくファンの反論を買うので、その覚悟を要する…) 

 

ファンに上下なし

 

「古参が偉い!」

「このアニメのファンなら、この裏設定は知らないとダメ!」

「お金をかけた方が、ファン愛が深い!」

 

 日数や知識やお金は、確かに愛を測る物差しの一つではある。だが、それは絶対的なものではなく、そもそもその優劣で上下関係は決定しない。

 愛は様々な形で体現され、正解はない。その一つに、お金や知識があるに過ぎない。それをする者しない者双方ともを否定することはできないはずだ。

(自分は作品の考察が好きだから、それを深掘りすることでその愛を示しています。)

 

 ファンの間にヒエラルキーはない。比べること自体が間違いである。

 

 『鬼滅の刃』が流行って深夜アニメがより大衆化したが、この現象でアニメファンが増えたことは、大変喜ばしいことだ。我々既存のファンは彼らを安易に切り捨てるのではなく、寛容に布教をすることで、個々の作品ひいてはアニメ業界の発展に寄与するに違いない。

 

ファンは誰もがにわかであり、マニアになる途中である。

 

おわりに

  と偉そうに書き綴ったが、私も実際、潜在的にこのように思っていた一人であった。

 しかし、新参を排斥することは、デメリットはあっても何のメリットもない。作品に携わっている方々にとってみれば、この風潮は百害あって一利なし。 失礼極まりない行為である。

  反省自己批判の意味を込めて、今回の記事を書き上げた次第だ。

 まあ、もちろんすごいファンもいて、彼らに尊敬の念も自分は持っています…笑

 忌憚のない意見を是非ともお寄せください。

 それでは。

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