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気ままに生きます

【考察】『パーフェクトブルー』~現実が虚構に、虚構が現実に~

 この自粛ムードの最中、私は『PERFECT BLUE』を見た。1997年に上映された今敏監督のアニメ映画である。今敏監督の作品はこれまでに『妄想代理人』や『パプリカ』を見たのだが、難解なのにどこか引き込まれる世界観に私も魅了され、本作もワクワクしながら見させていただいた。

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出典:https://gensun.org/

 

 

 

あらすじ

 主人公、ミマは事務所の意向で、アイドルから女優に転身する。ミマのマネージャー、ルミはアイドルに戻ることを勧めるも、ミマは「自分が決めたことだから」と濡れ場シーンも果敢に挑む。しかし、ストーカー被害に加えて、女優としての職業に疲弊する彼女の周りで、次々と殺人事件が発生する。

 

 本作は、始終アイドルと女優の板挟みにあう主人公を描いている。殺人事件がメインではなく、それを通じた主人公の葛藤を心の崩壊を軸に話が展開される。

 今回、本作について私なりの考察を考えてみた。もちろん個人的なものなのでこれが正解と決めつけることはできないが、参考程度に読んでいただきたくとありがたい。

 

 ネタバレを多く含んでいるため、未視聴の方はご注意ください。

 

考察

 このアニメの最大の見所は、やはり現実と虚構の目まぐるしい入れ替わり立ち替わりだろう。どこが現実で、どこが妄想か、一度だけ見ただけではなかなか理解できるまい。私も複数回繰り返してみても、未だ分からない点は多くある。

 

幻影

 前述のように、ミマは「女優としての自分」に満足しておらず、「以前のアイドルとしての自分」との間で絶えず葛藤していた。

 私は、女優なんかじゃなく、アイドルになりたい。そんな願望が、また違う『ミマ』を産み出した。

 

 アイドルとしてのミマは、彼女が作り出した単なる幻影なのだ。

 

 ストーカーや女優としての職業に苦悩するミマの前に、幾度となく幻影は現れ、彼女を誘惑する。アイドルに未練を持つ幻影にとって、それでも女優の道を進むミマやそれに協力する大人たちは邪魔な存在だ。だから、彼らを殺し、ミマ本人も襲撃した。

 でも、どうやって?

 そこで、劇中の先輩女優落合エリの言葉を拝借する。

 

幻影が依り代を見つけたとしたら?

 

 当然、幻影で人は殺せない。「幻想が実体化するなんてありえない」のだから。しかし、依り代、つまり誰かに取り憑いてその人の手で犯行を行うことはできる。

 彼女のヘアヌードを撮った写真家を、幻影に取り憑かれたミマ本人の手で殺したのではないか。実際返り血のついた衣服はミマの家にあり、幻影から解放されたミマは、それを見つけて腰を抜かしている。もちろん本人は殺した記憶なんてない。なぜなら、幻影の意志で殺したのだから。

 

 だが、幻影の被害者は彼女だけではない。彼女のマネージャー、ルミも対象だった。

  このアニメは、『美麻の部屋』というサイトがカギになるだろう。このサイトはアイドルとしてのミマの生活が事細かく綴られており、ファンの中には本当にミマが運営しているものだと勘違いしている人もいた。しかし、それはミマがアイドルから女優へ転身した後も続き、疲弊するミマに追い打ちをかける。

 

 おそらく、『美麻の部屋』を運営していたのも、幻影に取り憑かれたルミだろう。ミマはパソコンの知識が疎く、度々ルミに教わっていた。ルミを通じて、幻影がサイトを運営していたのだ。

 そして、幻影に操られたルミは、ミマに汚れ役を任せた事務所社長田所を殺害、ミマを町中追い回す。しかし、剥がされたウィッグ(?)に気を取られ、自動車のブレーキ音・ライトを歓声・スポットライトと勘違いし、車に轢かれる。幸い大事には至らなかったものの、精神科に送られ、医師は『解離性同一性障害』のような症状をほのめかしていた。

 病名としては解離性同一性障害、いわゆる二重人格として出るだけで、実際には幻影がまだルミを依り代として取り憑いているのではないか。

 では、なぜルミに取り憑いたのか。ルミも元アイドルであったが、それに未練を抱いているようだ。幻影とって、ルミもミマに近いものを感じたのかもしれない。

 

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 看護師さん二人がミマを見つけ、「うっそー、ミマなわけないじゃん」とこそこそ噂話をしていた。

 ミマはそのまま車に乗り込み、バックミラー越しに笑みを浮かべ、「私は本物だよ」と呟き、物語は幕は閉じる。

 鏡は本音や真実を映すものと言われている。白雪姫の「鏡よ、鏡」がその最たる例だ。本作も同じく鏡がそのように扱われている。

 電車のガラス窓に映ったミマが、一瞬アイドルのミマとして映し出されたり、アイドルのミマになりきっている(憑りつかれた)ルミも、鏡やガラスに反射した姿はルミそのものだ。

 

 しかし、バックミラーに映るのは、本物のミマ。つまり、幻影としてのミマから解放されている。

 今までアイドルとして男性に人気があったミマであったが、女性にも認知されやすい女優としての道を進んでおり、しかもそれに対して、本物だよ、と呟き、鏡はミマ本人を映している。ミマが女優の道に進むことに、葛藤や躊躇いもなくなっているのだ。

 

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出典:https://gensun.org/

 

風刺

 今監督は人間の内面を描いているだけではなく、何か風刺じみたことも描かれている。私が気付いたものを、2点紹介しよう。

 

過去に固執する人間とストーカーの極端な言動

 ルミやストーカーは、アイドルとしてのミマに執着していた。女優に転身し、レイプシーンを受け入れたミマに、必死にアイドルに戻ることを勧めるルミ。ミマのヘアヌードが掲載された雑誌を買い尽くし、他者に彼女の不埒な姿を見せるまいと試みるストーカー。

 二人とも、アイドルとしてのミマに執着し、女優としてのミマを受け入れない様子だ。しかし、ルミとストーカーでは、少々執着の意味合いが変わってくる。

 ルミは汚れ仕事に取り組むミマを、本気で心配していたように思えた。

 一方で、ストーカーの場合は、純真無垢の象徴であるアイドルから一変、女優に転身した彼女を「汚れた」と感じている。純真なミマを自分だけのものにしたい、ミマを他の色に染められたくない、自分の色に染めたい、という欲望だろう。実際に最初は自身の掌にミマを乗せ(る妄想をし)、最終的にストーカーはミマをレイプしようとしている。

 つまり、ストーカーの動機は彼女への心配でも何でもなく、単なる独占欲の現れなのである。

 

テレビカメラの向こう側

 私自身芸能人でも何でもないので、その業界のことはさっぱりであることはご了承願いたい。

 シナリオよりもキャスト優先、無理強いさせるお色気シーン、事務所のゴリ押し。ミマもドラマのレイプシーンに苦悩していたが、周りには隠していた。しかし、自宅のネオンテトラ(?)が死んでいるのを見て、ミマの悩みは爆発。「やりたくないに決まってるじゃないの!」と泣きながら悶えていた。人間に管理されないと生きていけないネオンテトラに、自分を重ねたのだろう。

 

 所詮、自分は誰かの言いなりなのだ

 皆にいい顔しないと、生きていけない

 

 我々はカメラの外側は見えないけれど、そこでは誰かが涙を流しているのかもしれない。

 

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出典: https://matome.naver.jp/odai/2147046176858360401

終わりに

 今監督の作品は、現実と虚構の往来を描いているものが多い。現実と虚構のどちらも対等に描くスタイルで、国内外問わず、様々な人にその世界観を魅了させ続けた。ここに、今監督の功績があるに違いない。『パプリカ』や『妄想代理人』も今後紹介しようと思う。

 あと、かなりエロかったので、もう一周します。

 

あと、EDでルミの声優が松本梨香さんだと分かった時は、かなり驚いた。

ポケ○ン、ゲットだぜ!!

 

yururiyuruyuru.hatenablog.jp

 

【前編】メディアはアニメをどう評価したか? 〜アニメを利用した既存メディア〜

はじめに

 日本のアニメーションの向上は、めざましいものがある。『鬼滅の刃』や『呪術廻戦』、『SPY×FAMILY』など、ワンクール形式のテレビアニメがここ数年で老若男女に愛されるようになった。また、大友克洋作品やジブリ作品などの日本アニメ映画は、ジャパニメーションとして国外でも高く評価されるようになった。

 もちろん、現在のアニメーションを評価することも重要である。ただ、過去のアニメーション、すなわちアニメーションの揺籃期について焦点が当たることは多くない。そこで今回、オールドメディアは、どのようにニューメディアを評したのかを考察したい。なお、オールドメディアは『朝日新聞』および『読売新聞』を利用する。

 なお、引用文における色・線は、すべて私自身の判断で着色したものである。

 

 

アニメーション作品の個別的研究

1.コマーシャルの場合

1959年から放送された「ヤン坊マー坊天気予報
出典:https://www.yanmar.com/jp/about/ymedia/article/yanbohmarboh.html

 新聞が絶対的メディアを築いていた時代、紙面を割いて視覚的な広告を掲載し、圧倒的な広告費用を生み出した1948年日本の広告費用の割合は、新聞広告が81.4%と、雑誌広告・屋外広告との間に歴然とした差がある*1

 ただ、50年代メディアは多様化する。1951年に民間ラジオ放送が解禁されると、聴覚的な広告に期待されたことで、例えばラジオDJが意図的に商品名を挿入するなど、インフォマーシャルやステルスマーケティングが可能になった*2

 1953年、テレビの民間放送が開始する。テレビ広告は、新聞広告の視覚的イメージラジオ広告の聴覚的イメージに加え、「動き」という新たな要素も必要不可欠になってくるこれを契機に、アニメーションはコマーシャルに多く使用され出した。1959年から長年愛された「ヤン坊マ―坊天気予報」はあまりにも有名である。アニメーション作家の久里洋二氏は、テレビ広告におけるアニメーションについて、『朝日新聞』で以下のように述べている。

 

 アニメーションが盛んになって来たのは、民間テレビでコマーシャルが出現して以来のことといわれています。私もそうだと思っています。

(中略)

 ところが、近ごろのテレビコマーシャルを見ていると、非常に短い時間、5秒から15秒のコマーシャルが多くなってきて、映像に強烈な印象を与える方法しか考えないようになって来ました。これは悲しいことです。

(中略)

 コマーシャルで強い印象をつけるためには強烈な、アッといわせる方法でアニメーションを作ります。A図のような技法でやることもあります。いうなれば残像を利用したアニメーションです。(中略)落着いたコマーシャルが出来るはずがありません。もっとアニメーションを大切に考えて制作したいものです。

 

「テレビのコマーシャル アニメーションの世界」、『朝日新聞』、1965年9月12日付朝刊、p21。

 

A図。実際の図を参考に書き写したもの。
「イナズマの光るシーンでその間に黒や白の何も書いてないものを入れると、
強烈なイナズマに見える。このような方法で商品を入れると印象が強烈になる
人間と商品をたがいちがいにすると残像で人間と商品が重なって見える」


 久里氏は、テレビコマーシャルがアニメーション隆盛の一因であると考察している一方、限られた時間内で強烈なインパクトを残すことしか考えないアニメーションの現状を「悲しいこと」としている。

 私の書き写したA図を見ると(下手くそすぎてごめんなさい…🙇)、白黒のコマや商品のコマを瞬間的に交互に挿入することで、画面が点滅しているように見せることが可能だ。例えば以下のコマーシャルを見てほしい。

 


www.youtube.com

 

 このcmは、1961年に放映された明治製菓「マーブルチョコレート」である。途中黒のコマと商品をバチバチと点滅させて、視聴者がテレビや商品に注視するよう意図していることが分かる。さらに本商品は子どもを対象にしていることから、点滅の効果はなおのことであったろう。

 テレビコマーシャルにおいて「点滅手法」が跋扈した原因として、「①短時間で制作できる。費用対効果が大きい。ライバル企業への便乗(一種の集団心理)」などが考えられる。特にアニメーションは労力・時間・費用が莫大にかかるため、「点滅手法」は制作会社にとっても確実に利益を獲得できる機会であったに違いない。久里氏は、これに対して「もっとアニメーションを大切に考えて制作したいものです」と警鐘を鳴らしている。

 

2.『おかあさんといっしょ』の場合

 次に、現在でも放映されている『おかあさんといっしょ』について考察したい。

 『おかあさんといっしょ』は1959年に放送開始され、翌年『ブーフーウー』などのぬいぐるみ人形劇を中心に幼児向け番組として展開した*3

 1961年、歌と体操で構成された番組『うたのえほん』が開始した。1966年に『おかあさんといっしょ』と『うたのえほん』が統一、歌・体操・人形劇から成る『おかあさんといっしょ』が放送開始し、現在まで長く愛される番組に成長していった*4

 そんな『おかあさんといっしょ』においても、アニメーションが使用された。1970年3月3日『朝日新聞』朝刊で、これについて次のように評している。

 

 ポワポワ、キューウン、パチン……といったユーモラスな効果音を背景に、小さな四角形が大きな円形をかじっていく。ヒヨコが電車にばけたり、三角、四角、丸、線など単純にデザイン化されたチョウチョウ、宇宙船、自動車が目まぐるしく変化する奇妙なアニメのコーナーNHKテレビ朝の「おかあさんといっしょ うたのえほん」(月ー土曜10時5分)に登場して、ちっちゃなこどもの人気を集めている。

 このアニメーション、2分半、説明もないからこどもに"正確"に理解させたいと思うお母さんは困って「あれはなんですか」。はては「図形が変化しますが目が悪くなりませんか」との問合せなど、ひところしきりだったが、ようやく近ごろ「なんだか坊やも楽しんでいるようです」「ウーとかキーとか熱中してます」との投書がたくさん寄せられるようになってきた。

(中略)

 ことばやストーリーの助けをかりずに幼児の心をとらえるにはどうしたらいいか、そして造形感覚や空想力、創造力を育てるには――。意味はわからずともこどもはコマーシャルなどけっこうみているのは、短時間に注意をひこうと凝縮した広告の動き、音、色にひかれるからで「この形と動きと音を意識的に構成してみようと考えた」とスタッフはいう。

(中略)

 作品は①反復すること②単純な造形の組合せに興味をもつように③アクションの変化で注意をひくことなどが共通テーマになっている。

 

「幼児に人気 奇妙なアニメ NHKテレビ おかあさんといっしょ」、『朝日新聞』、1970年3月3日付夕刊、p9。

 

 『おかあさんといっしょ』で放送された「ポワポワ、キューウン、パチン……」、「小さな四角形が大きな円形をかじっていく」、ストーリーすらない意味不明なアニメーションは、開始当時「奇妙」であるという認識だったようだ。

 例えばディズニー作品や『トムとジェリー』のような子供を対象にした当時のアニメーションは、台詞を極力減らして動きを中心に演出していたが、「ジェリーがトムを打ちのめす」という最低限のストーリーは存在した。したがって、当時のアニメーションは、子どもにストーリーを「正確」に理解させることが求められた。

 ただ、小学生や幼稚園児などある程度の年齢になれば理解が及ぶが、それより低い年齢の子どもたち、すなわちおかあさんといっしょ』が対象としている年齢の子どもたちは、なかなかストーリを正確に読み取るのは難しいのである*5

 彼らを対象としたアニメーションを制作するために、NHK民間放送のコマーシャルをヒントにした。コマーシャルにはストーリーがなく、ただ視聴者に短時間で商品を記憶してもらうことのみを目的にしている。そのために、前述の「点滅手法」を含めた「動き、音、色」を駆使して強烈なインパクトを残す必要がある。それによって、特に子どもは意味が分からずともテレビに釘付けになるのである。

 NHKはコマーシャルの持つ効果に注目して、「①反復すること②単純な造形の組合せに興味をもつように③アクションの変化で注意をひくこと」を制作する上での共通テーマとした。おかあさんといっしょ』のアニメーションは正解をあえて明確に示さず、解釈を視聴する子どもたちに委ねたのだ。子どもたちには、「円形」が遊園地の「風船」に見えるかもしれないし、おやつに食べた「ビスケット」に見えるかもしれない。これに正解はなく、図形が何に見えるかはすべて彼らの創造力次第である。

 このような意味をもたないアニメーションは、大人たちからみれば見慣れないものであったが、当時の子どもたちに人気を博したことで、現在にまで受け継がれていった。

 現代では当たり前になった幼児向けのアニメーション。これはコマーシャルを手がかりに制作され、当時はかなり斬新なものであったのである。

 

おわりに

 アニメーションの地位向上はコマーシャルで使用されことが原因である一方、コマーシャルの性質上、「点滅手法」など強烈なアニメーションを制作するようになった。これに対して、久里洋二氏は『朝日新聞』において懸念を表した。

 コマーシャルをヒントに、NHKは『おかあさんといっしょ』で幼児向けのアニメーションを制作した。この意味を持たないアニメーションに、『朝日新聞』は「奇妙」と評した。

 前編では、アニメーションを新しく利用した既存のメディアを中心に考察した。後編は、『鉄腕アトム』や『サザエさん』など黎明期の作品に焦点を当てようと考える。

 超個人的な話になるが、子どもの頃に見た、キューピーの「た~らこ~ た~らこ~ たっぷり~た~らこ♪」のCMが妙に記憶にある。不安定な曲をバックに、大量のたらこが一斉にこっちに向かってくる…。トラウマだけど、子どもながらに病みつきという感覚を覚えた…。あとは、タケモトピアノとか…

出典:https://www.oricon.co.jp/special/55048/

(追記)

 あとは、「おかあさんといっしょ」で放送された「地球ネコ」がものすごくトラウマだった……。普段のお姉さんお兄さんとは違う歌声、無機質ながらリアルな作画、途中の動物の写真が急にドアップに……。この曲が流れた瞬間に猛ダッシュで逃げた記憶が未だにこびりついている。当時はこれが平沢進作詞作曲だとはもちろん知らず、後に『妄想代理人』で再会することなるとは……。


www.youtube.com

 

参考文献

●『朝日新聞

難波功士「戦後広告史に関する諸問題―画期としての1951年」、(『関西学院大学社会学部紀要』第90号、2001年)https://www.kwansei.ac.jp/cms/kwansei/pdf/department/sociology/5297_44459_ref.pdf

NHK放送史 https://www2.nhk.or.jp/archives/bangumi/

 

夏の終わり、命の始まり

 

 夏の終わり。だんだんと、夜が一日を支配する時間が多くなった。暗くなれば、もう暑さは気にならない。熱帯夜という息苦しい地獄から解放されたかと思うと、多少の心地よささえ思えた。

 

 そんな夜を歩いていると、セミが羽化していたのを見つけた。華奢な手足でブロック塀に摑まりながら、真っ白な体躯を現している。透き通る翅に貫く、幾何学的な脈の流れ。真っ黒な瞳は、きっと九月の満月を見つめているのだろう。今にも壊れそうな生が、ここに誕生したのだ。

 

 ただ、夏も終わる。あのやかましセミの鳴き声も、もう聞こえない。仲間たちが生を繋いでコロッと死んでいった中、随分とお寝坊さんなやつだ。果たして、こいつは生を全うできるのだろうか。季節外れのセミは人から興ざめだと言われ、メスとも巡り合えずに、仕舞いには鳥に食べられてしまうかもしれない。そんな心配はどうでもいいはずだが、頭からくっついて離れない。

 それでもこいつは盛大に鳴いて、自分の小さな存在を必死にアピールするのだろう。自分が寝坊したとも気づかず、懸命に。

 

 こいつには「おめでとう」と祝うべきか、それとも「かわいそう」と憐れむべきか。

 見落としがちな命の誕生。その出会いは、幸か不幸か……

勇気が出ない

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勇気が出ないのである。

買ったはいいものの、果たしてこれをプレイする日が訪れるのだろうか?

いっそ手放してしまえば、と少し思うのであるが、その勇気も出ない。

 

中身の分からない玉手箱のような存在に、日々苦心させられる私なのである。

 

臆病者は、浦島太郎になれないのだ。

功績がほしいフェミニスト、隙を与えたVtuber

 お疲れ様です。

 3日連続で投稿しようとしたけれど、ちょっと無理でした…w 改めて毎日投稿されてる方々には、マジリスペクトを感じますね。

 ということで、今回は最近何かと巷で話題の、「VTuber規制運動」について、自分なりの意見をまとめてみようと思います。

 

 

概要

 松戸市のご当地VTuberである戸定梨香が、交通安全啓発のイメージキャラクターとして採用され、自転車の注意を呼び掛ける動画が、7月中旬に投稿された。それに対し、全国フェミニスト議員連盟が彼女の身体的特徴を「女性蔑視」だと批判、これを受けて当該動画が削除された。

 この削除に対抗して、反対派が議員連盟に削除への抗議を展開し、現在活動が進行中である。

 

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出典:https://www.youtube.com/watch?v=2eSdrs9Svvs



 

youtu.be

 

 うーん、いつぞや似たようなことがあった気がするし、自分もそれについて投稿した気がする。

 

yururiyuruyuru.hatenablog.jp

 

VTuber・反対派

 結論から申し上げますと、自分はフェミニストVTuberどちらにも賛成しない、松戸市にもその責任の一端はあると考えている。

 

 全くVTuberを見ない自分だけれど、VTuberを起用した松戸市の革新性に、一定の敬意を表したい。ただ、今回の主題はあくまで「交通安全啓発」という「教育」目的であって、VTuberの普及目的ではないのだ。

 

(反対派の中にVTuberの良さを書かれている方がいたので、それは違うだろうと…)

 

 YouTubeの動画でも、明瞭な言葉遣いかつ字幕にルビが振ってあることから、子どもも対象であること明白だ。それなのに、女の子のへそ出し、胸が揺れ…。アニメを見慣れた自分はそこまで過激だとは思えないけれど、これを子どもに見せたくないと非難する人もいるだろうな、というのが率直な感想である。

 「公」の立場が「教育」としてこれを公表するのは、不相応だと批判されても仕方ないのではないか。

 これを性表現でない主張する反対派がいるが、拙稿*1でも申し上げた通り、表現物に対して抱く感情は人それぞれなのだ。普通の制服ならばまだしも、露出のある格好になると、不快に思う人がいてもおかしくはない。

 民間の企業や個人であれば、表現の自由が保障されている以上、死んでも守るべきだろう。ただ、行政や警察が、さらに教育として扱うのでは、話は変わってくる。別にピーポーくんだとか、「前から車が!」おじさんのVTuberでいい訳で…。

 

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 「普通に警察の恰好をしたVTuberじゃだめなの?」とも思う。交通安全啓発という教育の場で、性を煽る必要はないにもかかわらず、なぜ扇情的ともとれる服装にしたのかが、まったくの謎である。

 すなわち、「VTuberがダメか?」や「性的な表現か?」ではなく、「教育としてふさわしいか?」。ここを論点にすべきだと、自分は考えている。よって、その表現は教育としてはあまりふさしくなく、お蔵入りもやむを得ないのではないか。

 ただ、教育に流行りのVTuberを導入することは、子どもの関心を引き寄せることも期待できるので、是非婦警さんや「前から車が」おじさんなど違う形で作り替えてほしい。

 

フェミニスト

 一方で、一部のフェミニストの方々が言う「女性差別」を理由とした表現規制は、なかなか難しい。拙稿*2を引用すると、「差別を助長する恐れ」という理由での規制は、かえってその差別を強める。むしろ各々の特徴を「個性」として捉えたほうが、多様性な世の中になるのではないか。

 

功績を得る難しさ

 にもかかわらず、一部のフェミニスト表現規制に躍起になるのはなぜだろうか。それは、ひとえに「功績」・「成果」がほしいからではないか。

 功績を欲することは、特段悪いことではない。フェミニズムに限らず、周囲からの支持をより集めるためには、功績が必要不可欠である。

 ただ、特に政治・社会活動に関する功績を獲得するのは、非常に困難を極める

 例えば、フェミニズムについて言及すると、とある企業が「妊娠した女性は強制退職女性にだけ給料が低い」のような、女性に対してだけ不当な扱いをしていたとしよう。しかし、その企業の実態を知り、改善を要求するためには、まずその企業と何らかの関係を持たなければならない。その企業に入社するなりして、不当な差別を経験しなければ、声を上げるどこか知ることすらできない。待遇を改善するためには多くの時間を要する上、限られた人物しかできない。

(それでも、現在はネットで拡散することによって、実態をある程度知ることはできるようになってはいるが)

 条例や法律も然りであり、長年の月日をかけて議会でようやく制定できるのであり、一方で法案が通過できない可能性も孕んでいる。

(そう考えると、当時での男女雇用機会均等法制定は努力の賜物だと思う。)

 このように、政治・社会活動で何かを達成するには、時間・人員を多く要し、尚且つ達成できない可能性も高いのだ。

 

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表現という好都合の的

 だが、表現に対して声を上げるのは、非常に容易である。なぜなら、「自分の目の前にあるから」である。

 社会構造や法整備を変えるには、経験の後に人員や時間を割いて、わざわざ訴訟・議会で議題に挙げなければならない。一方で、表現はどこかで見つければ、その時点で声を上げ、相手が謝罪ないし削除すれば、簡単に成果が出せる。女性差別という最もらしい理由を添えれば、より相手が折れる可能性も強まる。いわば、表現規制は功績を集めるのに効率が良いのだ。

 つまり、一部のフェミニストにとって、今回の件は恰好の餌食である。誤解を恐れずに言うならば、松戸市は彼らに隙を与えたのである。

 

本当に大丈夫?

 一部のフェミニストの方々に言いたいのは、「もうその手法は通用しない」ということだ。いや、内輪では大手柄として礼賛するのかもしれないが、傍から見れば、フェミニズム全体の信用が揺らぎ始めている。本当に彼らの方法で、女性ひいては社会全体が良くなるのかと。

 一朝一夕には社会構造の変革は成し得ないのだから、小手先の功績に逃げるのではなく、より生産的な啓蒙運動なり意識改革なり社会活動なりに徹底すべきではないか。”男女同権”という立派な主義をお持ちであれば…。

 

最後に

 自分は、特段フェミニストを執拗に叩くつもりはない。未だ男女差別の残存する時代に彼らの主張は必要だと思うし、ろくでなし子氏のように興味深いフェミニストもいる。しかし、彼らが現在の状態では、社会は変わらないどころか、彼らへの猜疑心が一層強化され、より実現が遠のくに違いない。それを彼ら自身が気づかなければ、永遠に押し問答を繰り返すだけだ。

 勿論、フェミニストに全ての非があるわけではない。反対派にも同じく的外れな主張をする人がいる。だからこそ、一向に問題の着地点が見つからない。

 両者とも過激にならず、建設的な議論の意義が問われる、重要な局面なのではないか。

 

 何かございましたら、お気軽にコメントお願いします。

 それでは。👋

 

参考文献

Vチューバー起用は「女性蔑視」? フェミニスト議連が抗議の啓発動画、松戸警察が削除(J-CASTニュース) - Yahoo!ニュース

・拙稿 オタクもフェミも的外れ ~爆乳ポスターと性規制~ - ゆるりゆるゆるブログを書く

 

【後編】5000円以内で行く、日帰り鎌倉旅行!~江ノ電編~

 お疲れ様です。

 本稿は、後編になります。前編もぜひご覧ください ↓

 

yururiyuruyuru.hatenablog.jp

 

 今回は、鎌倉駅・そこから江ノ島電鉄で観光名所を回ります。

 残りのお金は1128円! これ以上散財は許されません。 

写真は投稿者自身が撮影したものです。下手くそですが、ご容赦ください。

 

 

鎌倉駅

PM01:00

 北鎌倉駅から横須賀線鎌倉駅へ向かいます。鎌倉駅北鎌倉駅と比べて、活気のある駅でした。小町通りを通って、とある場所に向かいます。

 

鶴岡八幡宮

PM01:15

 多分、鎌倉で最も有名な観光地と言えば、そう、鶴岡八幡宮です。それを証明するかのように、多くの人が参拝しに来訪しておりました。密にならないように、なるはやで詣でます。

 

歴史

 鶴岡八幡宮は、源頼義が前九年合戦勝利を祈願して、石清水八幡宮からの分霊を賜りました。石清水八幡宮は大分の宇佐八幡宮の分霊ですので、実質宇佐八幡宮の分霊の分霊なわけです。

 源頼朝が鎌倉に幕府を置くと、鶴岡は現在の位置に遷され、源氏の氏神として御家人からの尊崇を集めました。また、参道の若宮大路由比ヶ浜まで一直線に伸びています。これは、妻北条政子が懐妊時、「参道」と「産道」をかけ、安産祈願のために作られたそうです。ここで産まれた子が、後の2代将軍頼家です。

 

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鶴岡から雪ノ下が奥の方に見える。

 

銀杏の木

 正直見どころは、あんまりありません…。しいて言えば、これ!

 

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かつて大樹があった場所。写真左に根元の一部が残る。

 

 ここには、かつて銀杏の大樹が立っていました。雪降る日、右大臣就任の拝賀のため鶴岡を訪れた3代将軍実朝が、甥の公暁に暗殺されました。その公暁が、この木に隠れていたという伝説があります。

 しかし、2010年の強風で倒木してしまいました。現在は、紙垂で囲われています。

 

寿福寺

PM02:00

 鶴岡八幡宮から程遠いところに、寿福寺があります。さっきとは打って変わって人がおらず、ゆっくりと観光できそうです。

 

 

 鎌倉五山で第3位である寿福寺には、何といっても政子実朝の墓があるのです。

 左が政子、右が実朝の墓です。

 他にも俳人高浜虚子や小説家の大佛次郎など、著名人の墓が多く鎮座しているらしいですが、墓地でキョロキョロしてると、墓荒らしに勘違いされるので、ここいらで退散。

 というか、ここの墓地への道中、スズメバチに遭遇しました…。実朝の呪い…?

 

江ノ電

 さて、鎌倉を離れ、江ノ電で他も回りましょう。

 その前に、水筒の中身が尽きて、さらに空腹なので、駅前のファミマで緑茶と紅しゃけのおにぎりを購入。そのお値段、100円と150円。

 鎌倉らしいもの食べろ? そんなん知らんよ。

 江ノ電を乗り放題切符、通称「のりおりくん」で乗っていきます。

 

残金

1128-(100+150)=878

 

長谷駅

PM02:50

 江ノ電は、住宅地の狭い細道を走ることで有名です。家と家の間をこじ開けるように通り抜け、鎌倉駅から三駅先の長谷駅へ到着。ここには何があるかというと…。

 

長谷寺高徳院

 駅名の由来である長谷寺、そして高徳院、通称鎌倉大仏があります。

 ほんとは鎌倉大仏は、奈良の大仏のように大仏殿にあったのですが、地震津波で倒壊、さらには体内にガムやら落書きなど、かわいそうな大仏さん…(キャロン風)。てか、どうやって体内に落書きしたん?

 どちらも拝観料がかかるため、今回はパス! 大仏さん、お許しください!(研風)

 

極楽寺駅

極楽寺成就院

PM03:40

 極楽寺駅には、極楽寺があります(進次郎風)。しかし、かなり小さくてちょっと迷いました。極楽寺は、忍性が事実上の開山者であります。

 

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極楽寺

 

 えっと…、成就院なのですが、疲れからか、すっかり行くのを忘れていたんです…。

 なんという失態! 万死に値する!!

 また機会があれば、行こうと思います…。

 

稲村ケ崎

PM04:20

 稲村ケ崎駅には、稲村ケ崎という海の絶景ポイントがあります。海はやっぱりいいですねえ~

 

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稲村ケ崎

 

七里ヶ浜駅

PM05:10

 個人的に最も感動した場所、それが七里ヶ浜です。

 

 

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七里ヶ浜

 

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夕陽に照らされた江ノ電

 

 ヤバくないですか!? エモくないですか!!??

 夕焼け・富士山・江ノ電、全てが絶景だよ。

 カップルがいるので、自分もマスクの下で歯ぎしりしながら、景色を撮りましたよ。キスしてるカップルいたけど、濃厚接触やぞ!!😡

 

鎌倉高校前駅

PM04:50

七里ヶ浜の夕日を見るため、先に鎌倉高校前駅に降りました。

 

 

 言わずもがな、スラムダンクで有名なあの踏切。君が好きだ~と~叫び~たい♪

 あんまり上手に撮れなかったけれど、僕満足!

 

江ノ島駅

PM06:00

 さてさて、暗くなった所で最後に降りるのは、江ノ島駅です。

 

 

 小田急片瀬江ノ島駅は、竜宮城がモチーフです。神奈川には古くから浦島太郎伝承が根付いていて、横浜には浦島地蔵や浦島小学校もありますよ~

 子どもの頃によく連れてってもらった、江ノ島水族館もあります。お金と時間が合ったら、今度行こう。

 

 そして! 忘れてはならない聖地巡礼! そう! あの一世を風靡した「江ノ電自転車ニキ」の戦場も、ここが舞台です。

 

 

 なんか感動しますよね。是非ニキのタコス屋も行きたい!

 というか、撮り鉄さん達は道路の真ん中で撮ってたってこと…?

 

藤沢駅小田原駅

PM07:15

 江ノ電に乗り、そのまま終点の藤沢駅へ。でも休日パスがもったいない気がしたので、限界の小田原駅へ行きました。もちろん暗くて撮れなかったのですが、小田原城も見てきました。

 さらに、また水分が底を尽きたので、ファミマで同じ緑茶を買います。

 そして私は、東海道本線で北上し、帰路に就くのでした…。

残金

878-100=778

 

結果

 もはや形骸化した、5000円以内というシステム。

 その結果は、778円余りました!

 

明細

5000円 −[2720(休日パス)650(のりおりくん)502(円覚寺)250(茶とおにぎり)100(茶)]=778

 

 意外にイケるものでしたね。「これなら建長寺行けたじゃん!」とか、「もっと飯食えばよかったじゃん!」とか、「あと1円使えば、トリプルセブンじゃん!」とか、色々な後悔が残りますが、まあいいでしょう!(適当)

 

終わりに

 こんな自己満ブログに最後まで付き合っていただいた方々、本当に感謝しております!

 楽しむのは金じゃないってカッコつけたことを言いたいですが、やっぱりお金を使った方が楽しめますね…w

 寝坊しなければより色々回れましたし、やっぱ寝坊ってクソだわ。

 また、前編でも申し上げましたが、今回はアニメ等の聖地巡礼をほぼしていません。鎌倉が舞台の作品があれば、是非教えていただきたいです…。

 

それでは!

 

は行った場所、は行きたかった場所です。

 

yururiyuruyuru.hatenablog.jp

 

【前編】5000円以内で行く、日帰り鎌倉旅行!~北鎌倉編~

 お疲れ様です。

 ワクチンも打ったので、どこか行きたいなあ… とプランを立てていて、そうだ、鎌倉にいこうと、ふと思い立ちました。遠くもなく近くもない観光名所、非常にいいではありませんか!

 しかし、しがない金欠学生である自分は、高い飯やお土産を買う余裕がありません。

 ということで、今回「5000円以内しか使えない!」という謎縛り自己満企画をしました! もちろん、食費も交通費も含めて!

 当然宿泊するお金もないので、日帰り。カフェでまったり時間もないです。如何に金をかけずにどれだけ観光し、全力で楽しむことができるのか。

 自分は、高級カメラや撮影技術が生憎ございませんので、無様なスマホ写真ですが、ご容赦ください。

 あと、鎌倉が舞台のアニメを知らず(せいぜいスラムダンク?)、今回は聖地巡礼等はほとんどしていません。鎌倉が舞台の作品があったら、是非教えてください…。

 時刻は、スマホで写真を撮った際に出ているものを参考にした、大体の時間です。

 

 

準備

 さて、鎌倉に行くためには交通費が必要不可欠です。

 主にJRと江ノ電を使おうと思ったので、休日お出かけパス・のりおりくんを購入。

 その金額は、なんとそれぞれ2720円と650円! 合計3370円! 早くも半分以上の出費!

 車移動も考えましたが、自分は運転があんまり上手くはないし、疲れた体で帰りの運転するのも嫌なので…

 後は、お茶をギリギリまで入れた水筒に、残暑が厳しいためタオルを持参。これで準備万端です!

 

残金

5000-3370=1630

 

いざ鎌倉

 さて、当日(9/11)なわけですが、自分、その日なんと1時間寝坊! 6時半に起きるつもりが、目を覚ました時には既に7時半。

 目覚ましちゃんとかけたのに、なぜか消えてるのなんでだろ~♪

 まあいいでしょう。8時に家を出て、なんとか電車に乗り込みました。朝からドタバタありましたが、曲がりなりにも鎌倉に向けて南下し始めたのです。

 

北鎌倉駅東慶寺

AM10:20

 JR横須賀線北鎌倉駅に到着! 小さな駅ではありますが、ここには沢山の観光名所があります。

 

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北鎌倉駅

 

 

 まずは、東慶寺に向かいます。北鎌倉駅西口を左折し、ずっと行くと右手に見えます。

 東慶寺は、江戸時代に離婚したい女性が入る「駆込寺」として有名です。

 彼氏と別れたい女の子は、是非ここをデートプランに検討してみては?

 ちょっとマイナーであるゆえ、あまり人がおらず、小さいながらも非常に静謐な寺院でした。

 

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東慶寺

 

浄智寺

AM10:40

 東慶寺を出て右に進むと、踏切前に浄智寺はございます。

 浄智寺は、鎌倉五山の第4位の寺院という権威ある神社です。

 開山者の一人は、南洲宏海(なんしゅうこっかい)。関西弁のツッコミみたいなお名前。

 拝観するにはお金がかかるので、今回は断念…。

 

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浄智寺

 

明月院建長寺・長寿寺

AM11:00

 浄智寺前の踏切を渡り、左折すると明月院、直進すると建長寺に行きつきます。

 明月院山内上杉氏が、建長寺南宋の僧蘭渓道隆(らんけいどうりゅう)が、それぞれ開山しました。特に建長寺は、鎌倉五山の第1位という臨済宗として最も格式高い寺院です。

 どちらも拝観料がかかるので、残念ながら…。

 あと、建長寺への道すがら、右手に長寿寺があり、そこには足利尊氏の墓が鎮座しています。

 

円覚寺

AM11:40

 さっきから全然入ってないやんけ! って思ったそこのあなた! m9(・・)

 今回のメインはここ、円覚寺です。北鎌倉駅に臨時口があるので、実質駅から一番近い寺院かもしれません。

 ここは惜しむことなく、拝観料500円を投入。

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円覚寺の拝観券 後で撮影したものです。
歴史

 円覚寺は、8代執権北条時宗南宋から招かれた無学祖元(むがくそげん)が開山しました。鎌倉五山では建長寺に次ぎ第2位と、こちらも権威のある寺院です。関東大震災円覚寺は甚大な被害を受け、震災後に再建された建造物も多いです。

 

建築物

 

 

 境内は幅が狭くて奥行きの深い、ウナギの寝床のようです。しかし、右上写真の立派な山門がお出迎え。

 右下の白鹿洞は、無学祖元の説法を聞こうと、この洞窟から鹿が現れ、彼の説法を共に聞いたという伝説があるそうです。 ほんとかなあ?

 

 

 左上写真の奥にある舎利殿には近づけませんでしたが、円覚寺で最も貴重な建物の一つです。(屋根しか見えませんが…)南宋から輸入された、禅宗という建築方式が見られます。急勾配の屋根が特徴の一つであり、この写真では若干それが分かります。

 右上の唐門の中には、左下の連なる石像と大方丈があります。ここの仏像に何やら1円玉があったので、私も2円だけ、お供えいたしました。理由はよく分かりません…() また、そこで剪定中の庭師さんに、お寺さんたちが立ち止まってお辞儀をしていたのが印象的でした。

 急な階段を上ると、右下の洪鐘があります。この洪鐘は関東で最大であり、舎利殿とともに国宝に指定されています。ただ、舎利殿より扱いがぞんざいな気が…()

 

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洪鐘の場所から見えた景色

 だいたい40分ぐらい居たでしょうか? どの建造物も見どころがあり、本当に時間があっという間に過ぎます。ただ、鎌倉の観光名所はまだまだありますので、ここらでおいとま致します。また来る!

 

残金

1630-(500+2)=1128

 

終わりに

 ということで、ここで一区切りとさせていただきます。

 前編だけで結構お金を使っていて、正直ビックリです。

 ただ、円覚寺は500円払ってでも行く価値はありました。紅葉が絶景な場所でもありますので、是非見に行こうよう!

 後編は、翌日にはUPすると思います。よければ、後編でもお付き合いいただけると、嬉しいです。

 

yururiyuruyuru.hatenablog.jp

 

 それでは!

Flashのエロゲに、別れを言うのを忘れた。

 こんばんはー(石川風)

 大した用事はなかったけれど、更新が滞ってしまいました。

 (m´・ω・`)m ゴメンネ♡

 随分と期間が空いて、ブログの書き方すら忘れた今日この頃です。

 この記事は、いわば「アクセル」ということで、ここからエンジンふかして参りたいなあ、と思います。

 

 

 さて、政治家のような信頼できない所信表明は置いといて、今回はくだらない戯言です。しかも、ちょっと下世話なエロゲの話。

 

 自分が初めて触れたエロは、ファーストガンダムでのフラウボゥの入浴シーンだった気がします。当時小学生の自分は、ちょっと気恥ずかしくなりながらも、サービスシーンを心の中で楽しみにしていた、純粋だけど確かにエロ坊主の片鱗を見せていた少年でした。

  中学生になると、ネットで自分の何かが開花してしまうモノに出会いました。それこそ、「Flash」のエロゲー。「無料・二次元・動く・ゲーム」という衝撃的なそれは、まさに自分にとって黒船でした。

 

(「18歳未満は見ちゃダメだろ」ってツッコミは、そっと胸にしまって)

 

 クリックすると、女の子が動く。どんどん服がはだけていく。頬を赤らめ、やがてはあられもない格好に…。(≧∇≦)

 

 女の子を動かし続けるためには、右手でクリックし続けないといけないから、マウスの左クリックをセロハンテープで固定するという、バカみたいな工夫に試行錯誤していました。

 

 今考えれば、ボイスもなく、絵もそんなに上手な訳でもなく、やっすいSEが用意されてるだけの、まあまあ低クオリティなモノでした。ただ、この脱がす脱がさないのドキドキ感、自分がその子を手玉に取ってる感じが、当時の自分にとってはたまらなく良かったのです。

 

 けれども、時が経つにつれて、AVやらエロゲやら同人誌やらに魅了され、Flashでは物足りなくなってしまいました。そして、いつかも分からない日に、自分はFlashに見向きもしなくなったのです。これが成長ですよ、お母さん。

 

 2020年末に、Flashがサービス終了したといいます。自分は、有名なプニキやら憎きロビカスには餞別を贈ったわけですが、Flashのエロゲに別れを告げるのをすっかり忘れてしまったのでした。そのことに気づいた時には、2021年も半分を過ぎていました。

 

 昔のパソコンのお気に入りから例のサイトに飛ぶと、そこは既にリンク切れ。何度サイトを再読み込みしても、けんもほろろ。自分は、戻ることしかできませんでした。

 Flashのエロゲは、今の自分を創り上げた恩人そのもの。その葬列にすら参加できずに、気づけば「Not Found」と刻まれた墓だけ。きっと、天国でお怒りになってるはず…。

 

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 でも、これでいいのかもしれません。もし会ってしまったら、別れがより寂しくなるだけだから。ティッシュが何枚あっても足らなくなるから(色んな意味で)。

 

 そう自分に言い聞かせて、DLsiteでおねショタものを買うのでした。

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