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気ままに生きます

【考察】『パーフェクトブルー』~現実が虚構に、虚構が現実に~

 この自粛ムードの最中、私は『PERFECT BLUE』を見た。1997年に上映された今敏監督のアニメ映画である。今敏監督の作品はこれまでに『妄想代理人』や『パプリカ』を見たのだが、難解なのにどこか引き込まれる世界観に私も魅了され、本作もワクワクしながら見させていただいた。

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出典:https://gensun.org/

 

 

 

あらすじ

 主人公、ミマは事務所の意向で、アイドルから女優に転身する。ミマのマネージャー、ルミはアイドルに戻ることを勧めるも、ミマは「自分が決めたことだから」と濡れ場シーンも果敢に挑む。しかし、ストーカー被害に加えて、女優としての職業に疲弊する彼女の周りで、次々と殺人事件が発生する。

 

 本作は、始終アイドルと女優の板挟みにあう主人公を描いている。殺人事件がメインではなく、それを通じた主人公の葛藤を心の崩壊を軸に話が展開される。

 今回、本作について私なりの考察を考えてみた。もちろん個人的なものなのでこれが正解と決めつけることはできないが、参考程度に読んでいただきたくとありがたい。

 

 ネタバレを多く含んでいるため、未視聴の方はご注意ください。

 

考察

 このアニメの最大の見所は、やはり現実と虚構の目まぐるしい入れ替わり立ち替わりだろう。どこが現実で、どこが妄想か、一度だけ見ただけではなかなか理解できるまい。私も複数回繰り返してみても、未だ分からない点は多くある。

 

幻影

 前述のように、ミマは「女優としての自分」に満足しておらず、「以前のアイドルとしての自分」との間で絶えず葛藤していた。

 私は、女優なんかじゃなく、アイドルになりたい。そんな願望が、また違う『ミマ』を産み出した。

 

 アイドルとしてのミマは、彼女が作り出した単なる幻影なのだ。

 

 ストーカーや女優としての職業に苦悩するミマの前に、幾度となく幻影は現れ、彼女を誘惑する。アイドルに未練を持つ幻影にとって、それでも女優の道を進むミマやそれに協力する大人たちは邪魔な存在だ。だから、彼らを殺し、ミマ本人も襲撃した。

 でも、どうやって?

 そこで、劇中の先輩女優落合エリの言葉を拝借する。

 

幻影が依り代を見つけたとしたら?

 

 当然、幻影で人は殺せない。「幻想が実体化するなんてありえない」のだから。しかし、依り代、つまり誰かに取り憑いてその人の手で犯行を行うことはできる。

 彼女のヘアヌードを撮った写真家を、幻影に取り憑かれたミマ本人の手で殺したのではないか。実際返り血のついた衣服はミマの家にあり、幻影から解放されたミマは、それを見つけて腰を抜かしている。もちろん本人は殺した記憶なんてない。なぜなら、幻影の意志で殺したのだから。

 

 だが、幻影の被害者は彼女だけではない。彼女のマネージャー、ルミも対象だった。

  このアニメは、『美麻の部屋』というサイトがカギになるだろう。このサイトはアイドルとしてのミマの生活が事細かく綴られており、ファンの中には本当にミマが運営しているものだと勘違いしている人もいた。しかし、それはミマがアイドルから女優へ転身した後も続き、疲弊するミマに追い打ちをかける。

 

 おそらく、『美麻の部屋』を運営していたのも、幻影に取り憑かれたルミだろう。ミマはパソコンの知識が疎く、度々ルミに教わっていた。ルミを通じて、幻影がサイトを運営していたのだ。

 そして、幻影に操られたルミは、ミマに汚れ役を任せた事務所社長田所を殺害、ミマを町中追い回す。しかし、剥がされたウィッグ(?)に気を取られ、自動車のブレーキ音・ライトを歓声・スポットライトと勘違いし、車に轢かれる。幸い大事には至らなかったものの、精神科に送られ、医師は『解離性同一性障害』のような症状をほのめかしていた。

 病名としては解離性同一性障害、いわゆる二重人格として出るだけで、実際には幻影がまだルミを依り代として取り憑いているのではないか。

 では、なぜルミに取り憑いたのか。ルミも元アイドルであったが、それに未練を抱いているようだ。幻影とって、ルミもミマに近いものを感じたのかもしれない。

 

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 看護師さん二人がミマを見つけ、「うっそー、ミマなわけないじゃん」とこそこそ噂話をしていた。

 ミマはそのまま車に乗り込み、バックミラー越しに笑みを浮かべ、「私は本物だよ」と呟き、物語は幕は閉じる。

 鏡は本音や真実を映すものと言われている。白雪姫の「鏡よ、鏡」がその最たる例だ。本作も同じく鏡がそのように扱われている。

 電車のガラス窓に映ったミマが、一瞬アイドルのミマとして映し出されたり、アイドルのミマになりきっている(憑りつかれた)ルミも、鏡やガラスに反射した姿はルミそのものだ。

 

 しかし、バックミラーに映るのは、本物のミマ。つまり、幻影としてのミマから解放されている。

 今までアイドルとして男性に人気があったミマであったが、女性にも認知されやすい女優としての道を進んでおり、しかもそれに対して、本物だよ、と呟き、鏡はミマ本人を映している。ミマが女優の道に進むことに、葛藤や躊躇いもなくなっているのだ。

 

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出典:https://gensun.org/

 

風刺

 今監督は人間の内面を描いているだけではなく、何か風刺じみたことも描かれている。私が気付いたものを、2点紹介しよう。

 

過去に固執する人間とストーカーの極端な言動

 ルミやストーカーは、アイドルとしてのミマに執着していた。女優に転身し、レイプシーンを受け入れたミマに、必死にアイドルに戻ることを勧めるルミ。ミマのヘアヌードが掲載された雑誌を買い尽くし、他者に彼女の不埒な姿を見せるまいと試みるストーカー。

 二人とも、アイドルとしてのミマに執着し、女優としてのミマを受け入れない様子だ。しかし、ルミとストーカーでは、少々執着の意味合いが変わってくる。

 ルミは汚れ仕事に取り組むミマを、本気で心配していたように思えた。

 一方で、ストーカーの場合は、純真無垢の象徴であるアイドルから一変、女優に転身した彼女を「汚れた」と感じている。純真なミマを自分だけのものにしたい、ミマを他の色に染められたくない、自分の色に染めたい、という欲望だろう。実際に最初は自身の掌にミマを乗せ(る妄想をし)、最終的にストーカーはミマをレイプしようとしている。

 つまり、ストーカーの動機は彼女への心配でも何でもなく、単なる独占欲の現れなのである。

 

テレビカメラの向こう側

 私自身芸能人でも何でもないので、その業界のことはさっぱりであることはご了承願いたい。

 シナリオよりもキャスト優先、無理強いさせるお色気シーン、事務所のゴリ押し。ミマもドラマのレイプシーンに苦悩していたが、周りには隠していた。しかし、自宅のネオンテトラ(?)が死んでいるのを見て、ミマの悩みは爆発。「やりたくないに決まってるじゃないの!」と泣きながら悶えていた。人間に管理されないと生きていけないネオンテトラに、自分を重ねたのだろう。

 

 所詮、自分は誰かの言いなりなのだ

 皆にいい顔しないと、生きていけない

 

 我々はカメラの外側は見えないけれど、そこでは誰かが涙を流しているのかもしれない。

 

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出典: https://matome.naver.jp/odai/2147046176858360401

終わりに

 今監督の作品は、現実と虚構の往来を描いているものが多い。現実と虚構のどちらも対等に描くスタイルで、国内外問わず、様々な人にその世界観を魅了させ続けた。ここに、今監督の功績があるに違いない。『パプリカ』や『妄想代理人』も今後紹介しようと思う。

 あと、かなりエロかったので、もう一周します。

 

あと、EDでルミの声優が松本梨香さんだと分かった時は、かなり驚いた。

ポケ○ン、ゲットだぜ!!

 

yururiyuruyuru.hatenablog.jp

 

ブログで見つけた、小さな発見

 

特別お題「わたしがブログを書く理由

 

 私はなぜブログを書くのでしょうか……。

 不思議なもので、散々ブログを書いておきながら、改めてその理由を問われると、なかなか答えに渋ってしまいます。締め切りという銃口を向けられている訳でも、豊かな知識を披露したい訳でもないです。野球選手が手術目前の少年と交わしたあの約束のように、誰かを励ましたいとか、そう高尚なものもありません。

 

 ひとしきり考えて、極めて明快な答えが見つかりました。それは、「誰かに見てほしいから」「文章を書くのが好きだから」でありました。

 自分が見た一瞬の風景、自分が感じた一時の感情、そんなくだらない日常を大事にしたためて、ネットにアップする。茫洋たるネットの大海原に小さな小さな帆を立てて、自分の存在をアピールしています。誰かに見てもらえたらいいな。たった一瞥でもいい。その一瞥が、私がブログを書くエネルギーになっています。

 そして、ここまで失踪せずに続けているのは、単純に物書きが好きだからなんです。「下手の横好き」とは言いますが、下手は下手なりに、悪戦苦闘しながら文章を紡いでいきます。どういう表現がいいのか、もっと適切な言葉はないか、誤字脱字がないか、文章を書く上で億劫なことも、私にはあまり苦ではないのです。

 

 でも、ネットに文章を書いて承認欲求を満たせるのなら、例えばXのようなSNSでもできることです。むしろそっちの方が手軽で、より多くの人に見てもらえるでしょう。ブログなんて正直煩雑で、手軽なSNSとの人口の差は歴然です。

 しかし、私はそんなブログにも、いい所はあると思うのです。

 

 自分の感情や記憶は、意外と自分でも分からなくなるものです。ふと何か思い立ったり、面白い出来事が起こったりしても、ちょっとご飯やお風呂を挟んでしまうと、途端に忘れてしまうことがよくあります。人間が進化の過程で得た、悲しい能力です。

 手軽なSNSであれば、それが起こった瞬間にアプリを開いて、目にもとまらぬ指さばきで文字を入力して投稿できます。時間にしてたった数分、数秒です。

 

 一方で、ブログはそうはいきません。書き始めから投稿するまでが、果てしなく長い。調べる。悩む。調べる。推敲する。推敲する。指がいちいち止まる。これだけ時間がかかると、その記憶はすっかり忘却の果てへ消えてしまうのです。そして何日もかかって、ようやく書き終えます。

 一見途方もない時間がかかって面倒なブログ。しかし、この「途方もない時間」に、ブログの良さが詰まっていると思うのです。

 

 ブログを書く上で、失くした感情や記憶を思い出す作業は避けられません。

 この前どんなこと考えたんだろう、あの時どんなことやったっけ、脳内タイムラプスでくまなく掘り起こします。あれでもない、これでもないと書いては消して、書いては消して。見つかるかも分からない記憶を、必死に思い起こします。時にはクマのようにウロウロと歩いてみたりして。気づけば1時間経っていて、1文字も進んでいないときもザラです。

 すると突然、失くした記憶とは全く違う別の発見をすることがあります。誰もが気づかず、思い出すこともないであろう小さな心の機微や出来事が、突如として湧き出てきます。

 あの時すれ違ったおじいちゃんの腰の角度。コンビニの明かりに集まっていた虫の動き。大きなトラックを追い抜かしたときのちょっぴりとした恐怖……。

 本当に本当に、取るに足らない発見。それでもこれは、ブログを書いていないと見つからなかった、大切なモノ。

 結局目的の感情や記憶は見つかることもあるし、泣く泣く諦めることも山ほどあります。でも、甲斐甲斐しく忘れ物を探していると、思わぬところでちっぽけな宝物を見つけることができます。

 

 それに対して手軽なSNSは、投稿まで一直線です。何かを発見する暇もなく、ひたすらに指をスマホに滑らせます。

 まるで新幹線です。あっという間に「投稿」という終着駅に到着するけれど、途中駅や通過駅には見向きもしません。

 新幹線が手軽なSNSなら、ブログは鈍行列車です。不便で面倒だし、効率もタイパも悪い。でも、駅に着いたら必ずドアが開く。たとえそこが目的地じゃなくても、そこには必ず発見があるはずです。誰も目もくれない、自分だけの宝物が。

 

 行こう、この鈍行列車で。新幹線の窓からでは流れていたあの景色を、今こそゆっくりとじっくりと見てみよう。

夏風邪を引いたら、極寒に襲われた

 37.8℃……。

 「僕、平熱高めだから」という、いつもの言い訳はもはや通用しない体温。

 こう三つの数字を見ると、途端に体のあちらこちらが重くなっていく気がする。さっきまでのんきだった頭も、何だか現実にぶたれたように痛み始めた。

 僕は観念して、生活のすべてを諦めた。平日昼間なのに、お構いなくベッドに飛び込む。

 9/11、9月の3週目は最悪の幕開けとなった。

 

 熱、あり。頭痛、あり。鼻水、あり、のどの痛み、なし。咳、なし。味覚障害、ないけど食欲もなし。

 特に頭痛はだんだん強くなってきて、僕の頭をガンガンと打ち鳴らす。脳みそのシワを隅から隅までほじくって、掃除をしたくなってくる。

 ただ、横になってればある程度直るでしょう。そう高を括った僕に、"ソイツ"はひたひたと近づいてくるのだった。

 

 夏がうっかり忘れ物をしたそうで、蒸し暑さは依然として9月の昼間を支配している。冷房の残業は、まだまだ終わりそうにない。

 それなのに、僕はTシャツの上に長袖のスウェットを着て、長ズボンと靴下を履き、冷房もつけずにタオルケットにくるまっていた。その様は、もはや冬であった。

 何十分か横になっていると、突然寒気が襲ってきた。夏用パジャマでは、とてもじゃないがこの寒さに耐えられない。タンスの奥から厚めの服を何とか引っ張り出してきて、まるで雨ざらし捨て猫のようにプルプルと震えていた。

 「寒いよう……、寒いよう……」と声にならない声で、誰もいない誰かに呟く。布団の上の小さな埃にも、どうにかしてこの震えを止めてくれと必死に願う。止めてくれたら何だっていい、何だってする。

 溺れる者は藁をもつかむ、凍える者は埃にも祈るのである。

 

 狭い狭いベッドの上で、小刻みに震える男がただ一人。大の大人が、なんて情けない! 今のうちに天井に這う小さなクモも、憐れな男を見てきっと同情と軽蔑をくれるはずだ。

 誰も手を差し伸べることのない、絶望的なこの状況。所詮一人ぽっちの僕は、ただただ冬の終わりを待ち続けていた。

 

 

 2,3日経った。

 風邪は、1日もしたらほとんど収まっていた。(おそらく567とかインフルではないと思う……)

 あれだけ僕を蝕んでいた寒気というヤツも、半日ほどでどこかへ消えてしまった。むしろ春を寝過ごして、人並みに夏の残暑に苦しんでいる。

 ただ一つ、全く治ってないものがある。

 

 鼻水だ!

 出せども出せども、とめどなく供給してくれる。体のどこにこんな量溜めているのか……。

 おかげで、いつ何時もティッシュが手放せない。部屋の一角には、真っ白なティッシュの山が一つ、大きくそびえ立っていた。僕の部屋に到来した厳冬が残した、立派な雪山にも見えてくる。

 鼻水のせいか、脳に酸素がいかず、頭がぼーっとする。ただでさえ遅筆なのに、これを書くのも輪をかけて時間がかかった気がする……。

 

 春日部防衛隊の"あの子"みたいに鼻を垂らしながら、筆をおこうと思います。

 季節の変わり目で、体調を崩す人も多いみたいです。みなさんもご自愛くださいませ……🙇

 

 

 

~P.S.~

 僭越ながら、本記事を執筆中に聴いた3曲ピックアップして、ご紹介させていただきます!

 なぜこんなことやってるかはこちらをご参照ください!

 

OKAMOTO'SPhantom(By Lipstick)

 マイナーな曲だけど、オカモトズの中で一番好きな曲♡


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Phantom(By Lipstick)

Phantom(By Lipstick)

  • OKAMOTO'S
  • ロック
  • ¥255
  • provided courtesy of iTunes

 

OasisLive Forever

 オアシスは高校の時に、アルバムあさってヘビロテしてました……笑


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SUPER BELL"Zあずさ2号

まさかのカバーの方笑 でもスーパーベルズのアルバム、なぜか一枚持ってます笑


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 ぜひ皆さんの執筆中に聴く"マイ音楽"も教えてください♪

【ない】真夜中のアクセル、目的はみそきん

   8/10、一世を風靡したあの"みそきん"が復活するという。

 我が子の誕生のように待ち望んでいる者、あえて斜に構える者、反応はさまざまだ。踊る阿呆に見る阿呆。転売するド阿呆。猫も杓子も皆みそきん。たかがカップラーメンで、日本は束の間の平和を手にすることができる。

 僕は、食というものがまったく分からない。トップ○リューのカップ麺でも、うまいうまいと満足する人間だ。僕の舌は、安上がりだ。300円のカップラーメンなんて、よほどいいこと悪いことがない限り気が引ける。

 でも、僕はみそきんを食べてみたいと思った。信者の狂信的なお布施でも、グルメ家気取りの味批評をしたい訳でもない。強いて言えば、衝動的な深夜テンションだろうか。どうせなら、ヒカキンの手のひらで滑稽に踊ってみよう。たまには感情のまま流されたって、いいではないか。

 そう思ったからには、善は急げ。僕はさっそく運転席に乗り込んで、アクセルペダルを踏み込む。はやる気持ちが右足に伝わらないよう、理性で必死に抑えながら。

 こうして8/12午前1時、世界一阿呆な旅人が一人、夜に放たれてしまった。

 

 

 僕は、ある程度の推測を立てていた。

 おそらく、みそきんは駅前や住宅街のセブンには既に売り切れているのではないか。人が集まる場所は、確実に売れ行きはよいはずだ。子どもが集まりやすい場所ならなおのこと。子どもの駄々に負けて、夜に最後の一仕事だと、コンビニで買い込むスーツ姿のお父さんが簡単に目に見える。

 だから、僕はあえて明かりの少ない方に車を走らせる。周りが田んぼだらけで、人より稲穂の数が多い場所。そこのコンビニの方が、案外残っているに違いない。車でわざわざ"みそきん"を買いに来る、賢明で愚かな人はいないだろう。

 「すなわち、目指すべきは田舎のコンビニだ!」

 

 こういうどうでもいい時にだけ、妙に頭が働く。名推理をした名探偵の爽快感に似た感覚が、僕のぼんくら頭を駆け巡る。日々色々なことで使う妄想力が、ここでも遺憾なく発揮されたってわけだ。

 

 

 真夜中のバイパスというのは、商業施設どころか街灯すらほとんどない。代わりに、地平線が分からない暗黒とした田んぼや、魔物の手を揺らす立派な木々が僕らを出迎える。地を揺らすトラック、慎重な軽自動車、何かに焦るあの車だって、夜の世界をヘッドライトで切り裂きながら進んでいく。

 モノクロームの中で、異様に色を放つ看板が現れる。その正体は、「7」……。セブン・イレブンだ!

 

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 光に集まる虫の瞬発力でハンドルを切り、だだっ広い駐車場に車を止めてさっそく入店。冷房の効きすぎた店の中を、ウロウロとウロウロと……。

 ついに見つけたカップラーメンのコーナー、そこにはみそきんが……

 

 ……ない!?

 

 商品棚にがらんと何もない不自然な空白、そこには「みそきん、売り切れました」と店員直筆のポップが。

 なるほど、一筋縄ではいかないな……。いくら田舎と言っても、ここは一応車通りはあるバイパス沿い。トラックの運ちゃんが、お盆前の御褒美で"みそきん"を奮発した可能性だってある。理由をいくら夢想しても、結局あるのは「ない」という事実だけ。

 ないと分かったからには、もうここに用はない。車は暗いバイパスに戻って、再びヘッドライトの波に乗る。そして今度は、片側一車線の県道に折れる。車すらほとんど通らない県道沿いなら流石にあるだろうと高を括って、意気揚々とアクセルを踏みしめていった……。

 

 

 ない……。 ない……。 どこ探しても、ない……!!

 出発してから、一体どれだけの時間が経ったのだろうか。夏の夜空も、そろそろ明ける準備ができてきた頃。僕はコンビニを見つけては駐まり、発進しては駐まり、発進しては駐まり、何かに取り憑かれたように延々と繰り返していた。

 おそらく5,6店舗ぐらい立ち寄っただろう。驚くほど広い駐車場に、誰一人として駐めていない所だってあった。でも、どこのコンビニも、奇妙な空間が当てつけのように期待した僕を嘲笑っていた。

 これほどやって、収穫はゼロだ。やたら休憩の多い夜のドライブをしただけだった。ヒカキンの人気は僕を無意味な旅に連れ出したのに、結局僕の妄想力を木端微塵に打ちのめした。僕に残っていたのは推理が外れた敗北感と、寄ったついでに買った慰めのクーリッシュだけだった。

 

 帰ろう。無様な旅人に、朝日を浴びる権利はない。ハンドルさばきは、ぐんと重めに。アクセルワークは、少し荒めに。

 フロントガラスの左手に、白み始めた空が見える。バイパスの景色は、もう暗黒ではない。幻術を解かしていくように、田園を緑色に染め上げていた。

 

 

 

~P.S.~

 僭越ながら、本記事を執筆中に聴いた3曲ピックアップして、ご紹介させていただきます!

 なんでこんなことやってるかはこちらをご参照ください!

 

Jamiroquai Cosmic Girl

実は『Virtual Insanity』より曲もPVも好き…♡


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藤井風青春病

「僕は自分が思うほど強くはなかった」「僕は自分が思うほど弱くはなかった」

青春時代の自分に聴かせてやりてえ…


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Mega Shinnosuke桃源郷とタクシー

サビの韻を踏んだナンセンスな歌詞が最高…!


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 ぜひ皆さんの執筆中に聴く”マイ音楽”も教えてください♪

執筆中の音楽を紹介する!

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 僕は、音楽を聴きながら様々な作業に取り掛かることが多いです。執筆中、ドライブ中、料理中、課題中、掃除中、ショッピング中、散歩中……。イヤホンやスピーカーが耳から離れてくれません……笑

 聴く音楽のジャンルや時代も、多岐にわたってると思います。洋楽や邦楽、ポップスからアイドル、クラシックに至るまで聴きますし、時代も昭和から令和まで駆け巡っています。(むしろ最近の方が知らないかも……笑)

 そこで、僭越ながら、ブログを執筆した際に聴いた曲を3曲ピックアップして、YouTubeリンク(ない場合はiTunesAmazonのリンク)を貼って紹介したいと思います!

 

 目的の一つは、「執筆のモチベーションアップのため」です。正直、最近あまり書く気が起こらなかったのですが、"音楽"という新機軸を据えることでモチベアップを図ります。

 もう一つは、「音楽を背景化させないため」です。音楽を日常的に聞きすぎると、BGMのようにその音楽に対して気にも留めなくなります。あえて音楽を紹介することで、聴いている音楽やその歌詞を聞き流して忘れることを防ぎます。

 あとは、単純にみなさんがどういう音楽を聴きながら執筆されているか気になるという、個人的な興味です笑 ぜひみなさんも教えてください!

 

 「PS」という形で、本文に干渉しないよう下部で紹介しようと思います。

 音楽知識も何もない私ではございますが、今後ともよろしくお願いいたします🙇

 

 ↓ちなみに、本記事執筆中に聴いた主な曲はこちらです ↓

 

LUNA SEAROSIER

V系は全く分からないのですが、河村隆一さんの声がいい!


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ももいろクローバー

たまたま流れてきて、懐かしさで心酔……


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Boney M.Ma Baker

なんでこれ聴いたんだろう……🤔笑 でもキャッチーなイントロすき♡


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バカッターは令和の暴走族?

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はじめに

 昨今、バカッターなる"ならず者"が雨後の筍のように現れ、我が物顔で世間の話題をほしいままにしています。それを見て、何かの正義感に駆られた見ず知らずの人が、個人情報や経歴を文字通り丸裸にして、表に出ることさえ許さないと鼻息を荒くしています。

 「マッチ一本火事の元」、たった一回の醬油ナメナメで、人生のゲームオーバーを迎えてしまうのです。おバカさんを次々とネットで炙り出し、ろ過を繰り返してクリーンを求める時代は、便利でもあり残酷でもあります。

 バカッターを「今どきの若者はバカだ」と一刀両断することは簡単です。でも、人間だって地球上に住む立派な生き物、そんな数世代で根源的な部分が極端に劣化する訳がありません。どの時代にも賢いヤツは一定数いるし、バカなヤツも一定数いると思うのです。

 だから、私はこう思いました。バカッターは、令和の「暴走族」なんじゃないかと。

 

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否定的同一性・承認欲求・集団心理

 今ではめっきり見なくなった暴走族。「つっぱることが男の〜♪」みたいなリーゼント姿で、「夜露死苦」と刺繍された特攻服を着て、竹槍マフラー&出っ歯エアロで爆走する集団は、もはや絶滅危惧種として認定されています。それでもたまに空ぶかしやマフラーの爆音が夜の静寂を切り裂くこともありますが、恐怖や威圧感というより虚しさや滑稽さを感じてしまいます。

 彼らは周囲の迷惑を承知で練り歩く、いや練り走っています。彼らが暴走する目的は、初日の出や抗争に行くこともありますが、周囲からの視線を集めることもその一つです。わざわざマフラーの消音器を外して爆音を出すのも、無意味な違法改造や装飾にお金をかけるのも、周囲の目線を引くという目的があるような気がします。

 故に彼らが一番忌避するのは、自分達に気づいてくれないこと、無関心です。白けた目で見られるのは、彼らにとってはむしろご褒美です。

 「社会的に逸脱した行為をすることで、自身の存在をアピールする」という否定的同一性が、彼らの奥底にある飽くなき承認欲求を満たすのに繋がっているのです。そして、それは「集団心理」によって責任の所在が霞み、暴走という非行に拍車をかけているのです。

 バカッターにも、おそらく同じ心理が働いているでしょう。共有の醤油をナメナメ、カラオケで火炎放射する反社会的行為が、集団心理によって容易に可能です。それを内輪だけにとどめておくならいざ知らず、Twitterやストーリー、TikTokでネットの海に流して承認欲求を満たしてしまいます。暴走族とバカッターは、その意味で紙一重の存在だといえます。

 

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道具が変わっただけ?

 一時期の暴走族は、車やバイクに乗って公道を支配していました。言い換えれば、なるべく広範囲に自身の存在を知らしめるために、車やバイクはおあつらえ向きの道具でした。

 しかし、それらは日に日に値段が高騰して若くして買うことが難しくなり、代わりに"スマートフォン"という新たな道具が誕生しました。

 スマホはより安価な上に、インターネットを通じて自身の存在を全世界にアピールできます。その力は、車やバイクとは比になりません。

 ですので、現代に蔓延るバカッターは、スマホに"乗って"世論を支配する、ネット暴走族といえます。

 

衝動的か計画的か

 ただ、バカッターと暴走族は全くの同一ではありません。暴走族には怖い兄ちゃんがバックにいる、旧車會のようなグループを組織して喧嘩や抗争を繰り返します。さらに暴走族には、その肩書を誇って鼻にかける人が多く存在します。バカッターには背景の政治力やグループ同士の抗争はなく、「映る人―撮る人」と言う単純な構造で完結しますし、バズった直後は有名になって得意になる人もいますが、数日して後悔と恐怖に苛まれて憔悴しきっている場合がほとんどです。

 また、バカッターは衝動に駆られている、いわゆる「その場のノリ」でやってしまします。一方で、暴走族はむしろ計画的に非行に及びます。特攻服の準備や車体の違法改造は、「その場のノリ」ではできないのです。

 しかし、衝動的であれ計画的であれ、根源的には悪い自分を見てほしい「否定的同一性」が、「集団心理」によって増幅してることには変わりありません。

 

特定班も同じ ~歴史は繰り返す~

 「歴史は繰り返す」という格言がありますが、それは過去がそっくりそのまま現在に再現されるのではなく、本質は変わらずに違った形で発現するものだと思うのです

 今のバカッターが過去に暴走族であったとは限らないし、昔の暴走族が現在バカッターになっているとは言えません。ただ、暴走族もバカッターも時代の変化に適応した産物であって、人間の奥底にある心理は普遍的なものでありましょう。

 暴走族もバカッターも時代を象徴する顔としてあまねく報道され、大多数は彼らを他人事のように冷たくあしらっています。

 ただ、悪さをしたい「否定的同一性」、誰かに見られたい「承認欲求」、集団において無敵感が増す「集団心理」は、僕も含めて誰しもが持ち合わせています。その証拠に、一罰百戒と称して、個人情報特定など度の過ぎた私刑に躍起になっている人たちも、バカッターと同じ心理に駆られていると言わざるを得ません。

(むしろ正義を盾にしている分、その行為に対する後ろめたさを認識しにくいでしょう)

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 私刑を行うネット民のように、暴走族やバカッターとはまた異なる形態で、僕らもそれに陥る可能性が十分にありうるのです。それを憐れな行為だと一蹴するのではなく、自分はするまいと反面教師とすべきです。特にスマホが「第三の手」になっている今日は、みんながカメラマンなのですから…

 

おわりに

 とはいっても、品行方正のいい子ちゃんはこの世にはいないと思います。少なくとも僕は、人の手本になるほど素晴らしい人生を歩んではいません。

(思えば、色々やらかした黒歴史もありますよ… 先生ゴメンネ)

 しかし、醤油ペロペロはあまりにも企業側の損害が大きすぎました。そして、結果的にWikiが作られ*1、ひいては世界デビューを飾るなど*2、若気の至りの一言で片付けられないほどに、手痛い祝福を受けることになりました…。交通規則の遵守やネットリテラシーが大切なのは、「自分がミスをしない」ためではなく、「人様に、そして自分に損失を与えない」ためなのかなあ…。

 さらにその動画は社会に衝撃をもって受け止められ、飲食店の清潔と安全性、寿司文化の崩壊を懸念しました。ですから、ある程度の社会的制裁は致し方ない所はあるでしょう。ただ、若新雄純氏のように*3「清廉潔白な人だけが石を投げるべき」というキリスト的意見にも一概に同調はできませんが、将来のある少年に更生の機会すら許さず、一生の十字架を背負わせる必要はないのではないのでしょうか。正当な批判ならまだしも、大義名分を口実に過剰に袋叩きしている人も、動画拡散の片棒を担いでいる人も、個人情報特定する人も、結局バカッターと同じ穴の狢であることを自覚すべきです。

 

 ??「地球にはこんな言葉がある、『人のふり見て我がふり直せ』」

 

 てか、ネットに乗っける勇気がすごいですよ… 一応Z世代の端くれとして、その勇気だけは感服します…

 ネットを舐めて醤油舐めたら、辛酸をなめたんですね… ハイ…

 

 

無知は罪ではないけれど…

 

日本代表TUEEEE!

 WBC日本代表、世界一おめでとうございます! 私も予選から全試合見ていましたが、MVPのオオターニサーンや最年長としてチームをまとめたダルビッシュ選手をはじめ、全員の活躍があってこその優勝だと思います! 特に韓国戦のヌートバー選手のヒーローインタビューには、ちょっと私うるっときちゃいました… 歳なんですかね?笑

 WBC勝戦、柄にもなく早起きして見ましたよ! 2回表に先制こそされましたが、その裏に村上選手の意趣返しと言わんばかりのホームラン! 村上信じてたで! ヌートバー選手の全力疾走の甲斐あって逆転に成功、さらに岡本選手のホームランで追撃します。メキシコ戦ではレフトにファインプレーされちゃったもんね…

 そして、何と言っても最終回にオオターニサーンがマウンドに立ち、さらに最後打席に立つのは、野球の神様のいたずらか、チームメイトのトラウト選手…。”奇跡”の一言で片づけるにはあまりにも都合がよすぎる展開、最後は伝家の宝刀スライダーでなぎ倒して見事優勝を決め、彼のキャップとグローブは歓喜の夜空を舞いました。

 こりゃ主人公ですわ…笑

 

不謹慎発言

 さて、導入が長すぎましたね…笑

 そんなWBC決勝の最中、にじさんじに所属する郡道美玲氏が「これ玉投げる人、強い人が立った時に頭か身体に投げちゃえば出場停止にできるんじゃないの?」と発言し、物議を醸しました。彼女は「ストライクって何?」「もしかしてホームランになると点数が入る?」と全くの野球知識ゼロ状態で実況ツイートし、デリカシーゼロのコメントをしてしまいました。

 

www.sponichi.co.jp

 

出典:https://www.nijisanji.jp/

 彼女はこれに対して、「一部私の無知が行き過ぎてて不適切な発言がありましたが、元リプツリーにも繋げているように悪意は一切無いことだけ改めてもう一度ここでお伝えさせてください~! ごめんなさい!」と(とんでもなく軽い)謝罪をしましたが、この発言、無知に起因した問題ではなく単純に「モラルがないから」、これに尽きると思います。

 例えば、僕は全くラグビーのルールを知りません。けれど、どさくさに紛れて敵を殴る蹴るのはダメなことくらいは分かります。じゃあ、なぜ分かるのでしょうか? それは単にスポーツマンシップ、礼節を欠く行為だからであって、ルール以前の問題だからです。

 無知による間違えなら、訂正して新しい知識を培えば済む問題ですが、モラルがない発言は知識の有無に関わらず炎上するのは仕方ないでしょう。

 

無知は難しい

 郡道美玲氏は、前述のように全くの野球知識ゼロ状態で実況ツイートしていたようでした。ただ、無知で売るのは、とてつもなく難しいのです。なぜなら、生き残るためにはとてつもなく器用な人である必要があるのです。

 今回のWBCの場合、やはり知識の豊富な解説者や、ある程度の知識があるファンが多く存在します。そんな中で無知が注目されるには、マナーに気をつけながらも面白く、なおかつ有識者にはない視点を盛り込むという、超高度なテクニックを要するのです。彼女はそこを見誤って、うっかり人を傷つけるラインを越えてしまったのです。

 だから、ヘキサゴンで一世を風靡したおバカタレントは、ある意味賢いといえます。彼らは無知で面白い回答を連発しますが、一方で人を傷つけるラインは決して越えません。その絶妙なバランスをとることができる、タレントとしては超優秀な人材なのです。

 

 無知それ自体は罪ではないけれど、無知をそのままにしたり、ましてや知ったかぶりをしたり、それを誇ることは罪なのかな。「私は全く知らないんだよ!」と無知を誇ってそれを売ることは、相当うまく立ち回れない限りはいずれ墓穴を掘る結果になるので、避けた方が賢明でしょう。

 

 それこそ居酒屋で同じことを言っても、酔っ払って気を良くしたおじさんがツッコんでくれるだけでしょうが、ここはあくまでネットの世界。ルールは知らなくても、モラルは知っておかないと痛い目を見るでしょう。

 

 

 ただ、モラルのない発言は諌める必要がありますが、それ以上に野球を全く知らない人がWBCを機に野球に興味を持ってくれてることは、素直に歓迎すべきなのは違いありませんせっかくふくらんだファンの芽がここでついえるのは、とても悲しいことです。これからシーズンも始まりますので、野球に少しでも関わってくれたら嬉しいですね♪ 

 

 実は、僕も無知が祟って人を不愉快にさせた過去をふと思い出しました。乃木坂の話をしていたいつぞや、僕のモラルのない発言が、乃木坂ファンの友達を不快にさせただろう記憶があります…。

 「無知」であることが一つのアイデンティティとして誇ることは、僕も含めて誰もがありうることだと思います。知らない俺、カッコいい」と思う気持ち、すごくよく分かります。ただ、無知だとついマナーを忘れることがほとんどです。無知を誇ることは、やはりやめておいた方がいいでしょう…。

 この記事は、自戒の念も込めて…。

 

もう恋なんてしないなんて…

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 「恋は盲目」という言葉がある。恋は、相手のすべてを魅力的にさせるという。

 

 恋に落ちた瞬間、ボクはまるで冒険へ船出するかのような無敵感に駆られる。そして、あっという間にボクはキミ一色に支配されて、不安や心配をどこかに忘れ去ってしまう。

 恐ろしいと思った時には、もう遅い。いつのまにか、神経は鈍感になる。頭は不能になる。ボクは文字通り、猿知恵になる…

 

 

 文章が、書けない。言葉が、出てこない。 

 どんな音楽を聴いても、どんな小説を読んでも、どんな芸術に触れても、全く心動かされない。

 

 キミに染まったボクはとっくに考えることを捨て、シャボン玉の中にいる浮遊感で上の空なのである。ボクは怖くなって必死に頭をあれこれ働かせるけど、一向にキミに勝てない。

 結局ボクは、どんな芸術にも負けない、束の間の愉悦にひたっていた。

 

 

「別れよう」

 夢うつつのシャボン玉が、突然パチンと割れた。

 その時怠惰の神経が蘇って、鋭敏になって全身を駆け巡る。幸せにカモフラージュされた不安が、時は満ちたとボクを襲ってくる。

 途端に、ボクは芸術に没頭する。まるで大きな大きな不安から逃げるかのように、読書や映画で目を塞いで、音楽で耳を覆う。そして、"書きたい"という意欲が湧き出てくる。言葉にしたい。不安という得体の知れないモノを、表現したくて仕方がなかった。

 だから、ボクは今こうして好きなように書いている。失恋に心悩ますあざとい自分が情けないけど、恥も外聞もなく殴り書きして、憂さ晴らしをしている。

 

 「恋は盲目」は、ただ相手が魅力的に見えるだけじゃない。感覚を鈍らせる。バカになる。芸術が、無価値にみえる。だから、僕は無敵になる。人間として退化している証だ。でも、それは幸せの代償なのかもしれない。

 恋に"堕ちる"とは、そういうことだ。

 

 それでも、きっとまた恋をするだろう。ボクは麻薬に堕ちるかのごとく、すっかり"退化する幸せ"の虜になってしまったのだから…

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