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気ままに生きます

ジャンプの性規制運動が、本当に求めるべきもの

 先日、このようなツイート・署名が物議を醸した。

 

 

 結論から言って、私は「少年ジャンプにおける過激な性表現は、何らかの処置を施す必要がある」と考えている。

 しかし、私はそこに署名をしなかった。忘れていたわけではない。発起人の関口氏の論調には一部同意できない論調もある。また、関口氏及びその支持者は圧倒的な間違いを犯しており、最も大事な点を見失っている。

 彼らの論拠のおかしさと、本当にすべきことを今回まとめた。

 

yururiyuruyuru.hatenablog.jp

 

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©長谷見沙貴矢吹健太朗/集英社

 私の主張と解決案

 私の根拠として、「青少年は判断力が鈍い」、これに尽きる。AVや薄い本には、必ず年齢制限が設けられる。青少年は創作と現実を見分ける判断力が欠如していて、成人より影響を受ける恐れがあるからだ。何でもかんでも制限をかけるべきではないが、露骨な表現(性器の露出や性行為など)に限って、ある程度の処置を甘受する必要があるだろう。

 ”少年”ジャンプとして名を売っている以上、対象は少年少女であり、他の雑誌と違って注意深く考える必要がある。

 そこで、私の解決案を提示しよう。

 

① 巻頭に注意書きを記す。

 

② 少年ジャンプから青年誌に移行する。

 

③ 性教育を強化する。

 

 ①は、注意書きを記すことで、すぐにでも実行に移すことを抑止できる。年齢層が高い青年誌に移ることも、一つの手だ。

 ③は私が最も強調したいことで、これを是が非でも行ってもらいたい。(理由は後述)

 

規制を求める支持者

 発起人の関口氏の主張は、「エロ」と「性暴力」の区別して「性暴力」に対して注意喚起を促すべきだという。その指摘に私は同意するし、想定できる事態を回避するために、やるべきことは最大限にするべきだろう。

(ただ、性知識アンケートに関しては集英社がやるべきことではないと考えるが。)

だが、関口氏の意図に反するかは分からないが、彼の支持者の中には「性表現全体の規制」を主張している者が多く存在した。

 しかし、私は一貫して「性表現の規制反対」の立場をとっていて、そもそも彼らとはスタンスが違う。支持者の多くは規制せよの一点張りであり、規制せずに付き合い方を変えてゆく私の主張と相容れないものがある。

 しかし、「性表現の規制」は本当に正しい方向へ導いてくれるのか。

 

規制はできるか

 規制の対象が性暴力であれ性表現全体であれ、「青少年への悪影響」という理由で規制ができるのか。

 保護者が「性を我が子に一切触れさせない」という教育方針を、家庭内で決定しようが自由だ。だが、全ての保護者がそのような方針をとる訳ではない。それなのに「性=青少年に悪影響」と決めつけ、規制するのは過剰な処置ではないか。

 保護者が不快なら、家庭内で性表現を禁止することで事足りるはずだ。わざわざ規制する必要はなく、表現の自由を侵害している。

 

 エロい

 「女体=エロ」や「男=狼」と、関口氏は再三価値観の固定化を危惧していた。しかし、私は前回の記事同様、この現象は起こりえないと考えている。

 我々男性が女体を見た時、絶対に「エロ」しか考えないのだろうか。「母性」や「かわいさ」など、人によって様々なことも考えるだろう。「エロ」だけを考えるわけではないが、「エロ」を考えないわけでもない。女体から享受した多くの価値観の一つに、「エロ」があるのだ。もちろん、これは男体にも起こることであり、我々はこれを無意識のうちに行っている。むしろ、エロという価値観だけを抑圧することは、非常に危険なことではないか。

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エッチは悪か

 関口氏および彼の支持者の主張を聞いて、どうやら「 性やエッチなことはタブー・マイナスなものである」という論拠があるようだ。

 確かに、レイプやセクハラなど細かい点を見れば、性をマイナスなものとして捉えるだろう。しかし、これは性のごく一部に焦点をあてたミクロ的な見方であって、マクロ的な視点で見れば、性は必ずしも悪いこととは言えないのではないか

 アメリカの心理学者マズローは、三大欲求や排泄・呼吸のような人間が生活する上で不可欠な欲求を生理的欲求と定義している。性欲もその一つであり、 性欲がある以上、性的興奮を覚える、エロいと思うことは至って普通なのだ。

(勿論アセクシャルの人もいるので、性欲の存在が当たり前だとは一概には言えない。)

 

 前述のような女体や男体に性的興奮を覚えるのは、何らおかしいことはない。また、それに基づいた自慰行為や性行為、性を創作物として表現するような行為は、反社会的な行為でない限り普通のことであって、性を発信することに後ろめたさを感じる必要なんて全くない。

 

 彼が女の子に性欲を感じた自身を懺悔する分には勝手だが、性表現を巻き込む必要はないし、盗撮して退学になったと書いてあるが、それは個人の意識の問題であり、今回の運動と何ら関係のない話だ。

(詳細は前回の記事を是非ご覧ください。)

 

 彼はエロを求める人を「パブロフの犬」と例えていたが、彼らはメトロノームを鳴らされるだけの実験体ではない。青少年らは多くを学び、多くを経験し、多くを思考する。それらの過程を踏んで成長するにつれて覚える異性ないし同性への性的興奮は、有史以前から存在する欲求なので、漫画どうこうの話ではない。何度も言う。性的興奮を覚えることは狼ではなく、ごくごく普通のことなのだ。

 したがって、ここで大事なのは「正しい性的知識に基づいて性欲を行動に移す」よう導くことではないか。そこで、「性教育」が必須となってくるのだ。

 

徹底的な性教育

 私は、この運動をどこか冷ややかに見ていた。彼らの主張はどれも「性表現の規制」ばかりで、「性教育の強化」を主張する人を見かけることはなかった。

 

 関口氏も「性的な表現に関しては、十分な性教育を受けていなかったので正しい判断はできてなかった」と言ってはいるが、結局「性暴力表現の注意喚起」に帰結し、「性教育の強化」を主張することはなかった。

 

 前項と関連した話になるが、日本には「性はタブー」という風潮があり、性について子どもに教えることも消極的だ。それは前述のように、家庭に落とし込んだ話であれば問題ない。

 ただ、学校教育となると話は別だ。性は我々の生活において避けて通れないものであり、正しい性知識を教育しなければならない。しかし、現状はそれが整っているとはとても言えない。中高生の妊娠が増加しており、日本の性教育の遅れを改めて痛感する。

 

 性教育が行き届いていない状況で性表現を規制したところで、何の効果が見込めるのか。それを見せないことで、子どもが健全に育つと思っているのか。子どもに判断力がないのは性知識が欠如しているのであり、性教育によって本人の意識を変えることこそ、早急に取り組むべき問題ではないか

 学校の性教育で子どもが正しい性知識を得た上で、保護者が子どもに性表現を見せるか否かを決定すればよい。

 

 ちなみに、この記事を執筆する上で、SHELLY氏ら女性三人の議論が非常に興味深く、参考になった。

veryweb.jp

 

 健全な青少年を育てるには、性表現の規制より性教育の強化を政府に求めた方が、断然建設的ではないか。

 

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しずちゃんのお風呂を規制したからといって、

風呂の覗きや盗撮がなくなるのかって話よ

©藤子・F・不二夫/小学館

終わりに

・・・極論、ジャンプにエロ表現がなくても僕たちは大学生までジャンプを購読し続けただろうと思います。

ジャンプ作品の性暴力表現は誰のために書かれているのか、僕は今、甚だ疑問です。

 

 私は、この表現にずっと違和感を覚えている。あなたがそれを求めていないからといって、ジャンプ読者全員にまで拡大適用するのは、流石に厚顔無恥も甚だしい。

 青少年を守りたいのか、それとも単に自分が嫌なだけなのか……。理念が優柔不断であり、無責任としか言い様がない。

 

 もし青少年の健全な性の観念を守りたいなら、やるべきことは「性=タブー」という日本の風潮を見直し、性教育を積極的に導入するべきだ。

 もちろん、注意喚起も大事だ。しかしそこで満足してはならず、ましてや支持者の主張する「規制」は無意味であり、論外だと私は考えている。